第32章 お食事
私がどんなに言葉を零しても、沖矢さんはただ静かに聞いているだけだった。
「……すみません、喋りすぎました。
酔っ払いの戯言だと思って忘れてください」
熱の篭った頭を冷静に戻さなければ。
いくらお高いワインが入っていたとは言え、饒舌に喋りすぎだ。
……と思う反面、ここまで来たら全て出し切ってもいいかもしれないと思う自分もいる。
「あの、戯言ついでにもう一つだけいいですか?
……もし、私の知らない所でゼロの身に何か危険があれば、あなたに助けて欲しい」
身の程知らずにも程がある、とんだ我儘なお願いだ。
でも、ここ最近で痛いほど実感した。
守る助けるとどんなに豪語しても、所詮私には限界があること。
決して踏み入らせてはもらえない領域があること。
今だけは、この我儘を許して欲しい。
「余程、彼を愛しているんですね」
沖矢さんがそんな事を口にした。
その言葉に驚いて目を見開く。
愛…アイ…あい……か。
気恥ずかしくて、耳が痛くなる言葉だ。
そんな甘美な言葉、私は口にする資格なんて無い。
「愛だなんて、そんな綺麗なものじゃありません。
強いて言うなら、“依存心”でしょうか。
自分が生きる理由でさえも他人に押し付けて、利己的な考え方しかできない。
何かに依存しなければ生きられない程、私は愚かで弱い人間なんです」
幻滅したでしょう?と自嘲する。
どんなに自分を強く取り繕っても、胸の奥にずっと残る私の弱い部分。
この人を前にすると、蓋をしていたそれが溢れてきてしまうんだ。なぜだか分からないけど。
はぁ、つくづく嫌になる。
本当は弱くて狡くて卑屈な私が、私は大嫌いだ。
「は、愚かでも弱い人間でもない」
俯いている私に沖矢さん…いや、赤井さんは力強くそう言った。
「人は誰しも、何かに依存しなければ生きられない。
金や権力、愛や正義、人それぞれだ。俺だって所詮は罪滅ぼしさ。
だが、何であろうとそれを責める権利は誰にもない。自分自身にもだ。
大切な人を守る…それが君の生きる理由ならば、それを誇りに思うべきだ」