第29章 桜と追憶
「だってあのスリのおばさん、おじさんの顔見てビックリしてたよ?あれってちょっと前に財布を掏った相手がおじさんだったからだと思うんだけど。
何でおじさん、あの時何も言わなかったの?おばさんと会うの2回目のはずなのに」
「そ、そうなんだ!目が悪くて…」
あーあ、まんまとコナンくんに突っかかられてやんの。
やっぱり、変装の詰めが甘いのよ。直ぐに分かっちゃうもん。
「ねぇねぇおじさん1人で来たの?」
「あぁ、実はお守りを買いに…」
「何のお守りですか?」
「え、えっと…」
子供たちからの質問攻めに臆している男性。
すると、その後ろからお腹の大きな女性がやってきた。
「私のお守りでしょ?この子のためのね」
「も、素江…」
「そっか赤ちゃん!」
「安産祈願のお守りですね!」
素江と呼ばれたその女性は、男性の奥さんのようだった。
女性を見た途端、私の心臓がドクンッと鳴った。
ーー……誰だ…、誰だこの人……?
この男性はゼロの変装だ。なら、この女性は、一体……?
この胸騒ぎは何なんだ……!?
「家でじっとしてろって言っただろ?」
「あなたが全然帰って来ないから、心配で見に来たんじゃない!」
傍から見れれば、この会話は完全に夫婦のもの。
この場で私だけが、この違和感を感じている。
さっきから心臓の鼓動が止まらない……。
「じゃああなたが、銀行強盗の事件の時に私にガムテープを貼った…?」
「あら、あの時の外国人さん?ごめんなさいね、あれは脅されて仕方な……うっ!!」
そう話していた女性が、いきなり口元を抑えながらジョディに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「は、はい……うぅ…」
「すみません、妻の体調の事もあるのでもう帰っていいですよね?警部さん」
「ええ、構いませんよ」
そうして、男性は女性を支えながら去っていった。
私はその後を追って、男性の肩を掴んで引き留める。
「あ、あの……!」
女性を支えたまま、男性が振り返った。
「……何か?」
「あ、いや、えと……元気な赤ちゃんが、生まれるといいですね」
「……どうも」
軽く会釈だけすると、2人は再び去っていってしまった。
その背中が小さくなっても、私の鼓動は鳴り止まない。
何だ……何なんだ、一体……?