第22章 雨の日は
話し終えたのか、電話を切ってこちらに向き直るゼロ。
私も上半身を起こす。
「…悪い、すぐに行かなきゃいけなくなった」
「なんで謝るの。
仕事でしょ?早く行きなよ」
「……すまない」
だからなんで謝るんだってば。
手ぶらで来たゼロは、携帯をポケットに仕舞ってそのまま玄関へと向かう。
私もその後に続いた。
「あ、」
私は思い出したように玄関横の棚から傘を取り出した。
「はいこれ、持ってって」
「いや、近くに車が停めてあるからいい」
「ダメ。あんた、来る時もびしょびしょだったでしょ。
この時期に雨に濡れるとかありえないから。
風邪引く」
そう言って、無理やり傘を渡す。
「…でも、いつ返せるか分からない」
「いいよ、返さなくて。どうせコンビニのビニ傘だし」
そうして「ありがとう」とだけ言葉を残して、ゼロは玄関から出ていった。
ー…この時「意地でも返しに来い」と言えば良かったと後から後悔することなんて、この時の私は知らない。
再び部屋に1人になった私はベッドにダイブした。
もちろん、着替える気なんて起きないので相変わらずスーツのままだ。
さっきと違うのは、ジャケットを脱いでいることくらい。
打ち付ける雨音にに耳を傾けながら、私はまた天井を見上げる。
ーー…ヒロが、死んだ。
また、私の大切な人がいなくなってしまった。
ゼロの服に着いていた赤黒いシミはおそらく血痕だろう。
一体何があったのか。どうしてヒロは死んだのか。
きっと、私がその真相を知ることは許されない。
___『!!』
私の名前を呼ぶヒロの声が頭を木霊する。
私が「ヒロ〜!」と呼べば、「なあに?」と笑顔で振り返って、抱きつけば「しょうがないな〜」と言って優しく頭を撫でてくれた。
もう、あの温かい手に撫でられることも大きな背中に抱きつくことも出来ないんだ。
そんな現実が、重くのしかかってくる。
「……ヒロ…」
小さく呟いたその名前は、儚く空(くう)へと消えていった。
ーー…何で、何で、こんなにも私から大切な人達を奪うの。
天井へ向けて伸ばした手は誰にも掴んではもらえず、何も掴めず力なく崩れた。
そうして私は、静かに目を閉じた。