第21章 ポアロ
それからしばらく沈黙。
お皿を洗う音だけが響く店内。
作業を進める彼を見ながら、私は徐に口を開いた。
「……それで?」
「何がですか?」
「一応聞いてあげる。何してんの?」
「何って、見ての通り喫茶店でウェイターを」
「あっそ。
じゃあ重ねて一応。何が目的で?」
「……言えと?」
「ええ」
「はぁ。
……守るためさ」
「…ふーん」
そうして再び沈黙。
「…ふっ、ふふ、あっはははは!!」
それを破ったのは、私の大きな笑い声。
「……何がおかしいんだよ」
「ふふ、だって、三十路前のいい大人がアルバイター兼毛利さんの弟子の私立探偵って、ふふ、将来が心配になるって……あははは!
あんただったら大学生くらいまでサバ読めたでしょうに。
高校生でもギリいけるって!
あっ、童顔気にしてるんだっけ?」
「うるさい」
「しかも、エプロンつけてニコニコで接客してるなんて…想像しただけで……ふふっ、あっははは!!
あーーあいつらにも見せたい!」
「……そんなに変か」
「いやいや、すごーく似合ってますよ?安室さん」
そう言ってニヤニヤ笑う私の頭にチョップをお見舞する。
「いったぁぁ!!」と悶える私。
「たくっ、何しに来たんだよ。
笑いに来ただけならもういいだろ」
あ、ゼロだ。
ちょっと顔を赤くしながら怒るその姿は、かつて何度も見た光景。
懐かしさを感じながら、私はゆっくり口を開いた。
「……本当は今日、怒りに来たの。
ここ3年、なんの連絡もしないで何してたんだって。
生きてるのか死んでるのかも分からない中、私がどんな思いで過ごしてきたと思ってるのかって。
伊達の葬式でだって会えなかった。
ずっと、心配してた。
もしかしたら、私が知らないところで死んじゃってるんじゃないかって、ずっと、怖かった。
そんなことも知らないで、ひょっこり出てきて『安室透です』なんて言われて、なんの説明もなしで私が納得するとでも思った?」
私の言葉を聞きながら、黙って俯くゼロ。
カラン、とコーヒーの中の氷が鳴る。
「……って、一発くらい殴ろうかと思ってたんだけど、ここのハムサンドがあまりにも美味しいからそんな気も失せちゃった」
ゼロがゆっくりと顔を上げる。
私はその瞳を見て、静かに微笑んだ。