第16章 餌付け
「ごめんなさい、そういうの間に合ってるので」
「ビーフシチュー用に買ったこの牛肉、実は松坂牛なんですよ。
これを赤ワインでじっくり煮込んで、とろけるほどに柔らかくなった食感。その肉を彩るかのように、本来の甘みがたっぷり滲み出た人参やブロッコリー。その横には北海道産のじゃがいもで作ったホカホカのマッシュポテト」
「…ゴクリ」
「ああ、そういえば、昨日から冷やしている高級プリンもあるんでした。
それをデザートにでも」
「……プリン…」
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結局私は、この見ず知らずのイケメンからご飯をご馳走してもらうことになった。
負けてしまったんだ、食の誘惑に…。
だって!!まともな夕食なんて久しぶりなんだもん!!
ずっとカップ麺だったし、この間の蘭さんの朝ごはんの美味しさにも感動したばかりだし。
人の作ったご飯ってなんであんなに美味しいのよ!!
待てよ、最近私人の家でご飯ご馳走になりすぎてない?
まあ蘭さんの時はともかく、この人は自分から連れてきたようなものだしね。不可抗力!!
ーー…もしあいつらにこのことを言ったら絶対に怒るだろうな。
特にヒロ。
『もうは馬鹿なの!!??知らない人の家に上がるなんて!!何かあったらどうすんのさ!!』
とかなんとか、長々説教される光景が思い浮かぶ。
ま、これでもそこらの一般人よりは鍛えてる身だし、あの男が私に何かしようものなら急所に1発喰らわせれば万事おっけー。
それにしても、でっかい家だよなー。
部屋いくつあるんだろう。
あの人はこんなでっかい家で1人暮しなのだろうか?
「あ、あの、工藤さん?」
どうしても気になってしまったので、背を向けてキッチンで作業をしている彼に問いかけた。
「私は工藤ではありません」
「え、でも、表の表札に『工藤』って…」
確かにそう書いてあったはずだ。見間違えるはずがない。
工藤じゃないならあんたは一体誰なんだ。
「私は沖矢昴と言います。
訳あって、この工藤邸にお世話になっているんです。
工藤夫妻は海外を飛び回ってまして、その一人息子さんも現在は別のどこかにいるそうですから、今は実質私の一人暮らしです」
「へーなるほど」
世の中には色んな事情のお宅があるんだな。