第15章 奇術師
彼に会いたい…会わなくてはいけない……!
そう思った私は、急いで駆け出した
「え、ちょ、さん!?」
「ごめんなさい!急用を思い出して!先に失礼するわね!」
風向きとハンググライダーの初速度が分かれば大方の着地地点は分かるはず。
と言っても、相当な距離になるだろうし頭の中での計算なんてたかが知れてる。誤差がありまくりだろう。
もはやこれは賭けでしかない。
それでも、私は彼に会いたかった。
というより、否定したかったのかもしれない。
20年前の彼が、世間を騒がす大泥棒であるなんてことを。
網周りにいたガードマンを振り切って、大通りでタクシーを拾う。
「すみません!!とりあえずTR線沿いに北へ向かって下さい!!」
キッドは、屋上からおよそ北西の方向へ飛んでいった。
この時期、風は近くの海から川の方へと吹いてゆく。
となると、隅田川沿いの風に煽られるとして、北寄りに飛んでいくはずだ。
ハンググライダーと言っても、そこまで遠くまでは飛べない、恐らくはどこかの建物の屋上へ降りたって、そこから変装し逃走するのだろう。
しばらくタクシーを走らせて、錦座からだいぶ北の住宅街へと来た。
ここの近くにキッドが来るかどうかなんて分からない。
なんて馬鹿なことをしているのだろうと、自分でも思っている。
こんなことしても、何にもならないのに。
そう思いながらも、辺りを走って探し回った。
どこかの屋上…、人目につかないような…、無断で侵入しても平気そうな………
息も絶え絶えになってきた頃、路地へ入った廃ビルの上に人影が見えた。
……あれだ。
直観的にそう思って、私は急いでそのビルへ駆け上った。
外階段を登りきったその先には、黒のキャップに黒いジャケット姿の男がいた。
姿はまるっりき違うが、間違いない、こいつは怪盗キッドだ。
「……私は、靴が片方でも構わないけれど?」
息を整えながらゆっくりと彼に近づく。
彼も立ち上がってこちらに向き直った。
夜の暗闇と帽子のせいで顔は分からない。
「…2足揃った美しい姿で、月下の美しい貴方のもとへ贈りたかったのでね」
シルクハットの時のようにキャップの鍔をつまんで、キザに言い放つ。