第6章 好機逸すべからず
「後ろの車の中を見れるか?ただし自分の顔は晒すなよ」
「は…はい…」
時たま大きく左右に揺れる車の中、シートベルトを外し、恐る恐るシートの上で身体を後ろ向きにする。背もたれにしがみつきながら目から上だけを出して後方を確認する…
すぐ後ろにピタリとついてきている白い車。道路脇の照明に照らされ、規則的に見えたり見えなかったりする車の中の運転手は予想通りの知った顔の人物、だけど…目付きが鋭すぎて怖い…彼のその顔付きからして、この車が赤井さんだってバレてることは明白だ…
「乗っているのは何人だ」
「バーボンが、たぶん一人だけです…」
「そうか…」
「あの…」
「ん?」
「もう、前、向いてもいいですか?」
「ああ。シートベルトも忘れるなよ」
シートに座り直してしっかりシートベルトもして。ドアの取っ手とシートの端を掴む。スピードメーターは160キロを超えようとしている…
「飛ばすぞ、しっかり掴まっておけ」
「は、はい…っ」
更にスピードが上がったことで、身体に“G”が掛かる、っていうのはこういうことなんだと思い知る。
心臓はしばらく前からずっとバクバク音を立て続けている。
逃げ切れるのか。
安室さんって、赤井さんの事になると毎回常軌を逸するっていうか…何するか分かったもんじゃないから…頼むから追い付かないでほしいんだけど…
祈るように前方を見つめ続けた。
追いかけられたまま猛スピードで高速道路を駆け抜け、車はあっという間に神奈川県の中心付近まで来た。
真剣な面持ちでとんでもない運転を続ける赤井さん…その彼の指示通りに私はカーナビを操作させられ、現在画面には少し先の方の地図が表示されている。
「あの…この先どうするんですか…?」
「もうしばらく進むとジャンクションがあるだろう?」
「はい…」
「タイミング次第だが、このまま東京に戻ると見せかけ、ギリギリで車線を変え、静岡方面に戻ってバーボンを巻く…」
「なるほど…」
「少々荒い運転になるだろう、覚悟はしておくといい」
「……ぇ」
今も充分荒い運転だと思うんですが…とは言えず。「気を付けて、くださいね…」とポツリと呟いた。
ナビの画面の中、走行中の自車のマークが、どんどんジャンクションの位置に近付いていく…