第6章 好機逸すべからず
しばらくすると辺りは真っ暗になり、高速から下りてくる車の中の人物の顔を認識する事は困難となった。だが暗いとは言え、現れた車がジンの愛車か否かくらいは分かる。
目を凝らして車を見ていたその時、急に受信機からガチャ、と物音がした。そして男女の声。
聞こえてきた会話から察するに、教授の妻が外出する所だった。3時間程で戻ると言う。つまり、これから3時間の間に…悲しい事件は起こる訳だ…
「これからやってくる人物に教授は殺されるということだな」
「はい…その後、ウォッカからの留守電が入るはずです…」
寒気が走り、鳥肌が立つ。無意識に自分の両腕をさする…
「手を出せ」
「はい…?」
片手を開いて手のひらを上に向けた状態で赤井さんの方へ差し出す。
何かくれるのかな…?
「…!?」
違った。私は何かをもらえた訳ではなく、赤井さんに手を握られたようだ…!?
「…な、な…なんで…どうしたんですか…」
「怖いか?」
「赤井さんが?怖くないですけど…」
「俺じゃない…今から教授の家で起こることだ」
「そっちは……怖いです…」
なるほど…手を握っててもらうことで、たしかに気分は少しマシになったかもしれない。大きくて、あったかい…
「音は俺がイヤホンで拾う、さんは引き続き車を見張っていてくれ」
「あ…はいっ!」
つい手元に向けてしまっていた視線を再び道路の先へ向けると、パッと手が離される…
後部座席からイヤホンを引っ張り出した赤井さんはそれを両耳に着け、反対側を受信機に挿す。
車内に響いていた独特の音は消えて…再び手が握られた。
特別何も起こらないまま…時間だけが過ぎていく。
どれくらい経ったか、突然、隣で赤井さんが明らかに何かあったように反応した。
「何かありました!?」
「ああ…若そうな男が訪ねてきたぞ…」
「そ、そうですか…」
いよいよその時が来てしまったみたいだ…息がしずらくて、心臓が押し潰されそうなくらい痛い…
気付けば赤井さんの手を強く握り締めて、涙を堪えながら前方を睨んでいた。
“これは致し方ない事”…“私が悪い訳じゃない”…と繰り返し自分に言い聞かせるのだけれど、頭の中には“ごめんなさい”の文字ばかりが浮かんで、消えない。