第6章 好機逸すべからず
ふと運転席の彼に視線を向けると…赤井さんがおそらくとっても珍しい状態になってる事に気付く。指摘するか迷うけど、ずっとそのままでいるのも彼の為に良くないだろう…
「赤井さん…ちょっと失礼します…動かないでくださいね」
「ん…?…何をする」
「ちょっと汚れてるから…」
彼の唇の端にはマヨネーズ?らしき物が付いているのだ。先程コンビニでもらった紙おしぼりを握り締め、そーっと近付け…そっと汚れを拭えば…綺麗になった。
唇にガッツリ触れた訳でもないのに…たったそれだけのことに物凄く緊張してしまった…思い出すつもりもなかったのに昨夜のキスのことがまた頭の中をグルグル掛け巡る。
助手席のシートに改めて座り直し、小さく息を吐く。
「…さん…そういう所だぞ…」
「はい!?」
「不用意に男の唇に触れるな、昨日俺の言った事をもう忘れたか」
「そ!そういうつもりじゃ…っていうか!それなら赤井さんだってさっきサービスエリアで抱き締めてきたじゃないですか…昨日だって…」
「あれは、不用意ではない」
「そうだとしても!…赤井さんこそあんなことばっかりしてると勘違いされて大変なんじゃないですか」
「その言葉、そっくりそのまま君にお返ししよう」
「……っ!なんで……」
なんで赤井さんは良くて私はダメ?女だから?
反論したくとも車は程なくして教授宅付近に着いてしまい。一旦この話は強制的に終わりとなる。
赤井さんは後部座席に腕を伸ばすと小型の盗聴器らしき機械を手にした。一人車を下り、教授の家へ歩いて向かう。
ちょうど太陽が沈みかけていて辺りは薄暗く…これくらいの暗さがコソコソ作業するにはちょうどいいらしい。
そして彼は盗聴器を教授宅の玄関に設置して、戻ってきて。「準備は整ったな…」と言うや否や、また車を移動させた。
今度は最寄りのインターチェンジの出口が見える場所で待機だ。
幹線道路に繋がる細い道に車を停めて、赤井さんは受信機と思われる機械を弄っている。
ザザ…ザ、ザー…と雑音がしばらく続いた後、ある箇所で聞こえてくる音がクリアになり…つまり盗聴器との周波数が合ったんだと思われる。
静まり返った車内、高速から下りてくる車に注意を払いながら、受信機からの音に耳を立て続けた。