第6章 好機逸すべからず
やがて進行方向の右側には、明らかに富士山だと思われる山がハッキリと見えてきた。それは記憶にあるいつか見たものと全く同じで。それがちょっと嬉しい。
「こっちにも富士山はちゃんとあるんですね…」
「…逆にこの世界に無いものはあるのか?」
「そりゃありますよ…私の住んでた家も職場も、通ってた学校も無いです…」
「すまない…そういうつもりで聞いた訳では」
「大丈夫です!もう慣れました!知ってるような知らない土地に引っ越してきたつもりでいますから!」
「…少し休憩するか」
「はい…」
故意か偶然か、そこからごく近いサービスエリアに入ったのだけれど、そこは富士山の眺望もバッチリ、景色も良ければ空気も美味しいし、まるで旅行に来たような気分になってしまうくらい…素敵な所だ。
コンビニに入りコーヒーを買い足すと、赤井さんは買ったコーヒーと煙草を手に喫煙所へ向かう素振りを見せる。特にすることも無いので私もお供することにした。
サービスエリアの隅、壁も衝立もない外の喫煙所。だけどちゃんと屋根と椅子はある。長い木製のベンチに、少し距離を空けつつ二人で腰掛けた。
絶景を眺めながらコーヒー片手にただ座ってるっていうのも…中々いいものだ。
隣でマッチを擦った音がした数秒後、漂い出した煙の匂いを近くに感じながら、空の高い所を飛んでいる1羽の鳥をぼーっと眺める。気持ちよさそう。
「あまり思い詰める必要はないぞ」
「へっ?私に言いました?」
突然横から掛けられた低い声にハッとする。
「ああ。ここ数時間、ずっとそんな顔をしていた」
そんな顔をしてた自覚はなかったけど、この数時間あまり良い心地ではなかったのは確かだ…
「今はそうでもないがな…気分はどうだ?」
「…悪くはないです」
「……命あるものは遅かれ早かれ、いずれ死ぬ…あの鳥だって明日には命を落としているかもしれん。それを俺達が知ることはないが」
「…そうですよね」
「知りもしない所で毎日沢山の命が潰えている…当然のことだ。君はこの世界に生きる人々の末路を知り過ぎているだけだ」
「そっか…」
広田教授を放っておくのを私が気に病んでると思って彼はこんなことを言ってくれてるんだろうか。
私は、知り過ぎているだけ…知ってるから辛くなるだけ…たしかにそうだけど…