第4章 思い出に浸る
マッチで火を点けるなんて、いつぞやの理科の実験以来だ……マッチ棒を箱の側面でシュッと擦れば、一回で上手く火は点いた。揺れる炎を赤井さんの咥えるタバコの先にそっと近付けていく……
無駄に溢れ出ている彼の色気のせいか、不意に緊張してきて、手が震えそうになってくる。
赤井さんが顔を少し寄せてくれたことでタバコにも火は点き、私はマッチの火を吹き消す。それに伴い車内に独特の匂いが立ち込み始めた。
窓を少し開ければ、外の空気と相まってそれらは少し薄くなる。
煙の匂い全般はあまり好きじゃない。だけど赤井さんみたいな男性がタバコを吸う姿は結構好きだったりして……
できることならその姿をじーっと眺めていたいけど…気付かれてまたからかわれたら厄介だ、チラチラと視線を送るだけに留めた。
そして次にやってきたのが、明美さんの実家のあった場所。ご両親が医院をやってた場所だ。ここはマンガにも出てきたから私も知ってるけど、医院の建物はもう無いし、見覚えのあるものと言ったら…近くの公園くらいか。
ぐるりと周囲を一周走ってからその公園の脇に車を停めると、また赤井さんは眉間にシワを寄せながら窓の外を見つめている。
この公園は…安室さんこと降谷零の思い出の場所のはずだ。幼少期の彼はここでケンカしてケガをして、宮野医院で治療してもらって…自転車に乗る練習もしたんだったか…つまり彼の実家もここから近いのかも。
ほとんど人がいない昼前の静かな公園の中には、ベンチに遊具や砂場、手洗い場にトイレもある。キョロキョロと目で中を見回していると、不意に感じてきた下半身の違和感。さっきコンビニで済ませてくるべきだった。トイレに行きたい。
「あのー…」
「何か見つけたか?」
「いえ…その、トイレに行ってきてもいいですか…?」
「構わん、行ってこい」
さっと車を下りて、スタスタとトイレへ向かう。中に入れば、公衆トイレにしては綺麗で安心した。
でも、トイレから出てきて数秒、どうも聞き覚えのあるような男性の声に呼び止められて身体が硬直する。
「すみません。ちょっとお時間いいですか」
声の主の顔を直視しなくても、誰だか検討はついた。
安室さんだ……!
今私が“普通”を装うとしたら、この呼び掛けにはどう応えるべきか……必死で頭を回転させる。