第4章 思い出に浸る
母さんにメールを送信し、受信ボックスを閉じようとして…ふと宮野明美から届いた最後のメールを開きかけたが……そのまま閉じてスマホを伏せた。
いつからなのかは分からんが、おそらく明美は俺の正体を知っていた。
騙されていると知っていながら、何故彼女は俺から離れなかったのか……馬鹿だとしか思えん。
宮野明美という人間は、馬鹿で、真面目で、すぐに泣く…人一倍他人への慈しみに溢れた女だった。
まるで“善人”を絵に描いたような彼女を、結果自分のせいで酷い目に合わせてしまった事は……非常に申し訳なかったと思う。
潜入時は…どうせ性根が腐った組織の人間だ、騙す事など何てことはないと思っていたが、明美は腐ってはいなかった、良い意味で普通の女性だった。こんな事態に巻き込んでいい人間ではなかった。
彼女がいつも気にかけていた妹の宮野志保に対しても…悪い事をしてしまったと思う。
何度も明美を送り届けたマンションのエントランスを睨む。一度も中へ入ったことはなかったが。今思えば…部屋の中には何かFBIの俺には知られたくない秘密でもあったのだろうか……
どれくらいそのままでいただろうか。さんの声にハッとさせられる。
「あの……赤井さん?」
「……どうした」
「飲み物が無くなったので、買ってきていいですか?」
「…まあ、いいが…コンビニまでは少しあるぞ……道は分かるか?」
「さっき通ってきた道なら大丈夫です!」
「用心して行け……いや違った…君のような人間は普段通り歩いた方がいい」
「なんですかそれ…」
「君は危険な相手に対する特別な訓練も受けたことがないだろう」
「…ないですけど?」
「変に目立っては元も子もない。普段通りの気の抜けた顔で行ってくればいい。ただし何かあったらスグに俺に電話できるようにはしておけ」
「…はい、分かりました」
彼女はスマホを片手に不服満載な面持ちで車を降りて歩いていく。それでいい。何の訓練も受けていない人間が周囲を気にしながら歩くのは返って不自然だ。
コンビニへ行って戻ってくるまでの所要時間はおそらく10分程度、短時間とは言え別行動を取るのには些か不安もあったが、何故だか“彼女なら大丈夫”だという気がした。