第3章 パンと卵とコーヒーさえあれば
宮野志保が第一人者となって研究を進めていたAPTX4869という薬がある。
生物(せいぶつ)は、それを投与されると死に至る、おまけにその遺体には薬の痕跡も残らない為、あの組織は“便利な毒薬”としてそれを度々用いていた。
でもごく稀に、その薬には生物の細胞を後退化させる副作用が起こることがある…つまり、身体が若返る、幼児化する、という事だ。この事を研究者として知っているのはおそらく宮野志保のみ、だと思われる。
まずはその薬の説明をした。ずっと怪訝そうな顔をしながらも赤井さんは黙って聞いていてくれた。
「少し前に、工藤新一っていう高校生探偵にも、APTX4869が投与されました」
「君が世話になっていた家の少年だな」
「知ってましたか!そうです。ただ、新一くんの遺体は見つかってないから、志保ちゃんは二回、あの家に捜索に入ったみたいなんです。彼は薬の被験者でもありますからね」
「ほう…」
「でもその二回目の捜索の時に、新一くんの子供の頃の服だけがゴッソリ無くなってることに気付いたんです」
「つまり…工藤新一が幼児化していると?」
「はい。志保ちゃんはそうだと確信し、“工藤新一は死亡した”と組織のデータを書き換えました。“生死不明”のままだと、もし見つかってしまった場合、大事な被検体である彼は殺されちゃいますから」
「だろうな…」
「で、ここからが志保ちゃんの話です。元々あの組織のことも嫌ってたんでしょうけど、明美さんが亡くなったことで吹っ切れたんですかね、彼女は初めて組織に反抗したんです。それで監禁されてしまって…あの子は死ぬつもりでAPTX4869を自分で飲みました」
「まさか…」
「はい…志保ちゃんも身体が小さくなりました。おかげで監禁部屋から脱出できて…それで、同じ境遇であろう工藤新一を探そうと米花町までやってきて…今は新一くんに近い人の家にいます」
「…年齢で言うと何歳位になったんだ?」
「6〜7歳かな…?でも、絶対に、内緒ですよ」
「ああ」
「もし彼女にバッタリ会っても、何も知らないフリしてくださいよ」
「大丈夫だ……ところで彼女、宮野志保は、俺を恨んでいるか?」
それは…どう描かれていただろうか……また言葉に詰まる。