第3章 パンと卵とコーヒーさえあれば
「ハカセ…?この電話は彼女には聞かれてませんか?」
「大丈夫じゃ、今彼女は寝ておる」
「あの…私がこの世界に来たときに、女の人と身体が入れ替わったって言ったでしょ?」
「そうじゃったな」
「その女の人っていうのが、彼女のお姉さんなんです…たった一人の家族だったみたいで…」
「なんじゃと?」
「…彼女はお姉さんを亡くしたことで凄く辛い思いをしてると思うんです…だから私のことはまだ話さないでほしい、というか…」
「なるほど……それなら今はまだその事は伏せておいた方がいいかもしれんの…折を見て話した方がいいじゃろう…」
「やっぱりそうですよね…じゃあ、そういうことでお願いします…」
それからもう少しだけ喋って、ハカセとの通話を終了した。
哀ちゃんこと宮野志保のことは、赤井さんに話すべきか否か。聞かれるまでは何も言わないべきか。
話さなくても、いつかは彼も勘付いて知ることになるんだろうけど…
小さく溜め息を吐いて、自室を出た。赤井さんは変わらずソファの上。(ちなみに家の中でもニット帽被ってる)
「見ろ…また爆破だ。おそらく人為的なものだな」
「…っえ」
赤井さんが指差す先のテレビには、激しい炎を上げて燃えている建物の映像。製薬会社の研究所らしい。この世界ってこんなことばかりなのか。
「あの組織の仕業かもしれんな……研究員が脱走しただとか、そんな所か」
「やっぱりそうなんだ……」
「やはりとは?何か知っているのか」
「多分、脱走したのは明美さんの妹です」
「……宮野志保か」
「おそらく。でも彼女は無事です。姿を変えて、これから新しい場所で生活を始めます」
「彼女は何処にいる」
「それは……」
言葉に詰まる。赤井さんがジッと目を見つめてくる、瞳の奥まで覗かれてるような感覚に、ゾワリと鳥肌が立つ…
「知ってるんだろ?何故言わない。言えない理由でもあるのか?」
「……言わなくても、いずれ赤井さんは気付くんです。だから今それを私の口から言うべきなのかどうか…迷ってるんです」
「どうせ知れるのなら早い方がいい」
「そうなりますよね……じゃあ条件があります。私が言うこと、絶対に赤井さんの中だけで留めておいてもらえますか?他言無用です」
「……分かった…いいだろう」
赤井さんなら、きっと話しても…大丈夫だろう。