第5章 勉 強 会 と 夏 空
席について1時間ほど経った。
カリカリとノートを滑るシャーペンの音。黒尾さんと柏木さんはパソコンで、タイピング音が聞こえる。それから意味不明な呻きを発する灰羽。パソコンのキーを叩く軽やかな音が途切れ、ちらりと左を見れば、うぅんと眉間にシワを寄せる柏木さん。
パソコンやる時、眼鏡なんだ。柏木さんは黒縁の眼鏡越しにパソコンの画面を睨みつけている。消しては打ち直し、少し考えてまた打って、ちょっと消して。
そんなのを見ていれば、正面でにやにや笑う黒尾さん。
「赤葦、さっきから進んでなくね?」
「もう今日の分終わってるんで、
大学生ってどんなことやるのか気になったんです」
『わたしのは倫理のレポート、
医療現場で起きた事件取り上げろ、って』
A43枚以上は重たすぎると項垂れるその画面、左下には4000文字の表示。ノルマはあと1枚ぐらいと言ったところか。これ毎授業出されるからキモいよねと柏木さんが言えば、だから俺とるの辞めたと黒尾さんは余裕の表情。
もうダメ休憩、と宣言して、柏木さんはスマホを開く。氷の溶けてきたコーヒーを一口飲んで、英語のワークをしまって数学の問題集とノートを出す。
『わぁ、なっつかしい、青チャート!』
「柏木さんもやってたんですか?」
『ウン、全然、解けなかったけどね...』
なるほど数学苦手なんだな。それでも黒尾さんと同じ大学で、しかも看護学科なら、けっこうセンターの点数は良かったんじゃないだろうか。
『わたしさ、チャート全然解けなくてさ、
いっつも黒尾に解説してもらってたよね』
「懐かしいな、春高の後詰めまくったもんな」
『しかもさ、うちらの教室暖房ぶっ壊れで』
「コートもマフラーも着けたまま、だったな」
思い出話に花を咲かせるふたり。こういう時、嫌ってほど思い知る、他校で、他学年の、壁。同じ高校だったら、同じ学年で、同じクラスだったら。柏木さんは、俺の事どんな風に接してくれてたんだろう。
梟谷に来たこと、後悔はしていない。
けれど不意に、どうしようもなく女々しい思考に飲まれそうになる。それもこれも、全部、柏木さんのせい。