第1章 高 校 卒 業
呆気に取られて立ち尽くしていると、黒尾の後ろの靴箱の棚から、チームメイトだった夜久と海が申し訳なさそうにでてきた。その間も、黒尾はげらげらと下品な笑い声を上げている。通りかかる、生徒の視線が痛い。
「悪ィ悠里、黒尾がどうしてもやるって言って…」
「だってお前、部活ばっかりで大した恋愛もできなかったろ?だから最後にテツロークンが一肌脱いであげたんですぅ~」
「俺と夜久はやめろって言ったんだけどな…」
クネクネと気持ちの悪い動きをする黒尾の横、すまんなと海が苦笑いをした。夜久がお前気持ちわりいなと未だクネる黒尾の脇腹を小突く。
つまり、えぇと、なんだ。
『わたし、遊ばれたってこと?黒尾に?』
「ピンポ――ン、そういうコト!
さっすが我らが敏腕マネージャーサマは話が早い!」
ぎゃあぎゃあとやかましく騒ぎ立てる黒尾。首元をだらしなく開けた赤いストライプに濃淡のあるネクタイをグッと右手で掴み引き寄せる。ぐぇっ、とカエルが潰れたような声を上げた黒尾の目から、笑みが消えた。口角が引きつっている。
『ところで黒尾くん』
「ナ、ナンデショウカ」
後ろで夜久と海が顔を見合わせて、やれやれと呆れたように笑うのが、目の端に映る。
『どうやって死にたい?』
「スイマセンデシタ」
『いやでも死にたいからこういうことしたんだよね?』
「ボク、マダ、生キタイデス」
『うるさい黙れクソ黒尾!今日こそ許さないから!まじ卒業式までこんなことするとかどんだけ暇なの?!』
怒鳴りかかると黒尾は上背のある身体を丸めてしおしおとするが、これすら演技臭くてもはや笑えてくる。夜久にまぁまぁと窘められるわたしは、差し当たり背中の毛を逆立てた猫という所だろうか。
ギャラリーが集まらないうちに、と海に促されて朝練が行われているであろう体育館に向かった。その間も姑のように小言を言いながら黒尾の脚をげしげしと蹴りつけるのはもちろん、忘れていない。