第1章 高 校 卒 業
ピピピピ、ピピピピ―――
3年間、毎朝聞いたアラームを聞くのも、今日が最後。今までで一番と言っていいほどの目覚めの良さに、毎朝こうなら良かったのにと思う。上体を起こし、枕元で充電していたスマートフォンを手に取る。現在時刻、6:30というデジタル表記の上、3月2日土曜日の文字。
今日は、高校生最後の日だ。
着慣れた制服に腕を通し、お気に入りの靴下を履く。晴れの日くらいは、と薄めに化粧をして、肩まである髪もゆるく巻いた。高校生活、結局ほぼ全てを部活に費やして、ついぞ彼氏なぞできなかったなぁと思いながら、最後の行ってきますを告げた。
満員電車に揺られて、車窓からビルが乱立するコンクリートジャングルの景色を見るのもこれで最後だ。4月からは大学進学のために東北に引っ越すことが決まっている。
押し寿司になりそうなほどに密度の高い箱から追い出されるようにして電車を降りて、高校に行くのに丁度いい3番出口の階段を登る。チラホラと音駒の制服が見えるが、同じクラスの子の姿はまだ見えない。
結局、学校に着くまでクラスメイトに会うことは無かった。昇降口、出席番号32の靴箱を開けると、上履きの上に白い封筒。
『えっ.........?!』
バタンッ、と靴箱を閉める。向こうの列から女子生徒のなにぃびっくりしたんだけど、と笑う声が聞こえて、慌てて周囲を見渡す。誰にも見られていないようだ。
どくどくと心臓が走り出す。3年間、なんにもなかった。何も無いはずだったわたしの青春が、動き出すのかもしれない。力任せに閉めた靴箱に手を伸ばし、そっと開く。
踵が潰れかけている上靴の上に、相変わらず鎮座している無機質な封筒に、手を伸ばす。くるくると表裏を引っくり返すが、名前も何も書いていない。封をきると、ペリ、と乾いた糊が剥がれる音がする。うっすらと黒く文字が透ける便箋をゆっくり開く。
“うしろ見ろ”
でかでかと、男の子っぽい走り書きのような、ちょっと雑に書かれたその文字の通り、ゆっくりと振り返る。少し離れた後ろに男の子が立っている。そいつはぶひゃひゃと変な笑い声を出した。
「や―――い、騙されてやーんの!」
ふざけた黒いトサカみたいな頭をしたクラスメイト、もとい部活のキャプテンであった男、黒尾鉄朗が腹を抱えて笑っていた。