第5章 勉 強 会 と 夏 空
わたしの卵焼きはお母さん直伝で美味しいんだよ、と柏木さんは笑顔で言う。それを聞き付けたのか、灰羽がひょっこりやってきて、ひとくち下さいと言う。
『リエーフはなぁ、
頭がちゃらんぽらんだからなぁ』
試験で赤点取らなかったらいいよ、と柏木さんが言い放つと、せめて赤点ひとつまで許してくださいと食い下がる灰羽。
「いや、赤点は許しちゃダメだろ」
「おれは追試の手伝いしないからね」
「クロさんと研磨さんは俺の味方じゃ...」
「「ない」」
ゲーンとショックを受け、項垂れる灰羽に、柏木さんは目指せ赤点ゼロ個と笑って最後の卵焼きを口に放った。まぁ、それが普通なんだけどね。そうして食後にみんなでアイスも食べて、今日はお開きになった。
黒尾さんと孤爪は家が近いから、このまま帰るらしい。灰羽は最後まで今日も泊まると騒いでいたが、柏木さんはイェスとは言わなかった。その代わり、テストで追試が無かったら今度お弁当を作ってもらうと約束を取り付け、満足気だった。
『京治ごめんね、最寄りまででいいから』
「大丈夫です、ただこっちに転ばれたら
さすがに支える自身は無いんですけどね」
「すんません赤葦さん、お願いします」
ぺこ、と律儀に頭を下げる灰羽。柏木さんの頼みなら、好きな人の怪我をした彼氏も送る。少なくとも、それで好感度が下がることは無いから。
『京治、リエーフ、またね
ちゃーんとテスト頑張るんだよ〜!』
柏木さんは、俺たちが角を曲がって姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
灰羽を最寄り駅まで送る道中、いつも騒がしいその口は、気難しく真一文字に結ばれている。
「足の具合、どうなの?」
「見ての通りです、
少しならもう体重掛けられます」
敵の心配なんて余裕ですね、と灰羽は鼻で笑う。敵、か。合宿でも、春高予選でも、音駒と戦うことはあるだろう。そして、柏木さんのことも、俺は諦めるつもりは無い。
そこからろくに会話もせず、灰羽の最寄り駅に着いた。それじゃ、と電車を降りる灰羽。気をつけて帰りなよと声をかけると、頭を少しだけ下げ、去っていった。変に律儀なやつだと思いながら、俺はその背を見送った。