第17章 幸せな音が溢れる世界で
風向きから考えて、あの雲がこちらまで来ることは恐らくない。それでも、私の耳には、遠くの雷鳴がしっかりと届いていた。
目を瞑り、その音を聴いていたその時
「疲れてしまったか?」
いつの間に来ていたのか、杏寿郎さんが静かな声で私に話しかけてきた。
私は、瞑っていた目を開き、杏寿郎さんの方へと視線を向け
「…そうじゃありません」
と返事をした。
それから遠くに浮かぶ雷雲を指さし
「雷の音が聴こえた気がして…そしたらやっぱり…ね?」
杏寿郎さんに向け、にっこりと笑いかけた。
すると杏寿郎さんは、不思議そうな顔をしながら首を傾げ
「鈴音は雷が嫌いだったろう?何故わざわざ嫌いな音を一人で聴いている?」
そう尋ねてきた。
私は杏寿郎さんへと向けていた視線を、遠くに見える雷雲へと戻す。
「…前は…嫌いでした。いきなり大きな音がして…うるさいし、怖いし。……でも、今は違います」
「何故だ?」
「………だって……じぃちゃんを、思い出すから」
「…そうか」
どんなに会いたいと願っても、死んでしまったじぃちゃんに会えることは、二度とない。それでも、じぃちゃんと過ごした日々を私が覚えている限り、じぃちゃん…桑島慈悟郎という存在が、この世界から消えることはない。
そして私は、雷鳴が聞こえる度、どんなに時が経とうと、じぃちゃんの事を思い出す。つまり、じぃちゃんの存在は、絶対に消えたりはしない。
「この姿…じぃちゃんに見てもらいたかったなぁって…ちょっとだけ…思ってたんです。だからね…馬鹿みたいな妄想だって思われるかもしれないけど…じぃちゃんが、あの雷雲から私のことを見てくれてるんじゃないかって…そんな風に思ってたんです」
稚拙な想像が恥ずかしく、にへらと情けない笑みを浮かべながら、斜め上にある杏寿郎さんの顔を見上げた。
けれども杏寿郎さんは
「鈴音がそう感じるのであれば間違いない!桑島殿が遠路はるばる君の晴れ姿を見に来てくれ、俺は夫としてとても嬉しい!」
遠くにある雷雲を見据え、そんな風に言ってくれた。