第17章 幸せな音が溢れる世界で
そんな言葉に
「何言ってるんですか…一応、みんなに見てもらうための会でしょう?早く行かないと、おいしいお料理が冷めてしまいますよ?杏寿郎さん好きな鯛の塩焼きもあるらしいですよ?」
クスクスと笑いながらそう答えると
「何やら胸がいっぱいで食事が喉を通りそうにない。こんなことは生まれて初めてのことだ」
杏寿郎さんは、私とは相反する至極真面目な表情を浮かべながらそう言い、私の両頬を包んでいた手を離し、背中の方へと移動しすると、私の身をぐっと引き寄せて来た。私も、そんな杏寿郎さんにされるがままに身を寄せる。
「…元気いっぱいな杏寿郎さんがご飯を食べられないなんて…にわか雨でも降るんじゃないですか?」
「わはは!そうかもしれん!」
「ほら。そろそろみんなのところに行きますよ」
杏寿郎さんに寄せていた身体を離し、斜め上にある杏寿郎さんの顔を仰ぎ見たその時。
フッと目の前が肌色で埋め尽くされ
…ちぅ
と、私の唇に、杏寿郎さんのそれが押し当てられた。
……あ…紅が落ちちゃう…
そんな不安が頭に過ったものの、それ以上に杏寿郎さんから与えられる優しい口づけが心地よくて、唇を離すことが出来なかった。
程なくし、杏寿郎さんは最後に私の下唇を優しく食んだ後、ゆっくりとそれを離した。
そして
「…っ…すまない!堪らず口づけてしまったが…紅が少し落ちてしまったようだ」
と、慌てて謝って来た。
そんな杏寿郎さんの唇には、しっかりと私の紅が移っており
「…っふふ…これ位、自分で直せるから平気です。それよりも、杏寿郎さんの紅くなってしまった唇を何とかした方がいいと思いますよ?」
私は、それを拭ってあげようと懐紙を取り出した。
けれども杏寿郎さんはそれを受け取るよりも早く、自らの親指の腹でそれを拭い取ってしまい
「…っ…!」
やけに艶っぽく見えるその行動に、胸がドキリと高鳴り、杏寿郎さんの唇から視線を外すことが出来なかった。