第17章 幸せな音が溢れる世界で
「…か…可愛いなんてそんな…」
「そう言えば、確かに今の煉獄様に相応しい言葉は"可愛い"よりも"美しい"の方ですね」
「…っ…もう…揶揄うのはやめてください…」
「おほほほほ」
上品に口元を隠しながら笑っている女将さんは、完全に私の反応を面白がっているようではあったが、少しも嫌な気はしなかった。
熱を持つ頬を隠すように、自らの両手を頬へと持っていったその時
"準備は出来ただろうか?"
と、別室で着付けを施されていた杏寿郎さんの声が聞こえて来た。
すると
「どうぞお入りくださいな。ですが、奥様とってもお美しくなってらっしゃいますので、どうぞしっかりと心の準備をしていらしてください」
呉服屋の女将さんは、至極真面目な表情を浮かべながらそう言った。
……産屋敷家と古くから付き合いのある呉服屋の方だって聞いてたから、どんなすごい人が来るんだろうって思ってたけど……面白い人でよかった
"邪魔者は去ります"と言わんばかりにサササと部屋の隅へと移動していく女将さんの背中を見ながらそんな事を考えていると
「失礼する!」
杏寿郎さんの快活な声が聞こえた。
それから
サッ
と、襖が開く音が聞こえ、私は女将さんに向けていた視線を杏寿郎さんの方へと移した。
すると視界に入って来たのは、紋付羽織袴を身に纏った杏寿郎さんの姿で
「…っ…!」
私は、あまりのその格好良さに息を呑んだ。
それは杏寿郎さん同じだったようで
「………」
杏寿郎さんは、ただでさえ大きな目を見開いたまま、まるでそこだけ時が止まってしまったかのようにその動きを止めていた。
「………」
「………」
互いに互いの姿を見つめながら固まっていると
「あらあらまぁまぁ。お互いに黙ってないで…そう特に旦那様。奥様に何か言って差し上げる事はないのでしょうか?」
呉服屋の女将さんが、相変わらず上品な口調でそんな事を言って来た。