第1章 始まりの雷鳴
桑島さんの元にきてあっという間に2か月の時が経過していた。
課せられた朝の鍛錬を終え家に戻ると、座卓の上に食べ終えたまま置きっぱなしになっているお茶碗、お椀、湯飲みの姿がそこにはあった。
桑島さんったら…また盥に入れるの忘れてる!
そう思いながら置き去りになっている食器を台所に持っていくと、
「戻ったぞ」
戸を開ける音が背後から聞こえた。
私は振り返ることなくお皿をごしごしと洗いながら
「お帰りなさい。もぉ!桑島さんったらまた食べっぱなしで出かけちゃうんだから…汚れがこびりついちゃって落とすのが大変なんですよ!」
「すまんすまん。急いでいたものでつい忘れてしまったわい」
「そう言って…今週、3回目ですからね」
「明日からは気をつけよう」
これはまた絶対に2.3日中にやるな。
桑島さんは小言を述べる私を軽く受け流すようにそういうと
「そんなことよりも鈴音。お前に、会ってもらいたい者がおるんじゃが…」
なんとなく歯切れの悪いその言い方に、私は洗い物をする手を止め布巾で手を拭いたのち、クルリと桑島さんの方に向き直る。
「今”聴く”ことは出来るか?」
「…はい」
私は桑島さんのその言葉に、自分の耳に神経を集中させる。
いつもと違う音…外からする?扉の3メートル位向こう…これは…人の音と…気配?
「扉の少し先に誰かがいます。…お客さんですか?」
「半分正解じゃ。お前さんはやはりいい耳を持っておるわい」
”半分正解”その言い方がやけに気になった。
「ありがとうございます」
桑島さんは私の目をじっと見据え、
「わしに弟子入りしたいと訪ねてきた者が居る」
先ほどの歯切れの悪さとは違い、はっきりとした口調でそう言った。
「…それは…良かったです」
なんとなく、これから桑島さんが何を言わんとしているかの察しがついてしまった。
「そやつなんじゃが「大丈夫です」…!」
「話を…遮ってしまってすみません。桑島さん、私が男の人が苦手だから気にしてくれているんですよね?」
私のその問いに、桑島さんは何も答えなかったが、その表情が私の考えが合っていることを物語っていた。