第17章 幸せな音が溢れる世界で
私は杏寿郎さんへと向けていた顔の向きを正面へと戻し、穏やかな表情で紋付き袴羽織袴を見ている槇寿郎さんへと視線を向けた。
すると槇寿郎さんも、紋付き羽織袴に向けていた視線を、私へと向けてくれた。
「…私のせいで随分と傷をつけてしまったが、煉獄家の現当主としても、鈴音さんさえよければ、祝言を挙げてもらいたいと…そう思っています。私の方から輝利哉様にお屋敷をお借りするお礼も渡します。なのでどうか、杏寿郎が鈴音さんの夫として、腹の子の父として、よりしっかりとした自覚を持てるよう、祝言を挙げてやってはくれませんか?」
「………」
鬼殺隊の隊士として戦う日々を過ごしてきた私だが、それでも一応年頃の女である。杏寿郎さんを好きになる前の私であれば”そんなものくだらない”…位に思っていたかもしれない。
けれども、今の私は違う。
一生に一度しか着ることのない…ましてやお館様が私の為にとあつらえてくれた衣装を着る姿を、愛する人に見てもらいたいと思わない筈がなかった。
槇寿郎さんへと向けていた視線を少し下げると、綺麗な色打掛が視界に入ってきた。
……なんて…綺麗なんだろう
それから隣にいる杏寿郎さんへと視線を向けると
「な?宇髄や奥方たち、もちろん我妻少年も!鈴音の晴れ姿を見れると知れば喜ぶに決まっている!無論、一番喜ぶのは俺だがな!」
釣られてしまいそうな程の満面の笑みを、その顔に浮かべた。
…杏寿郎さんのこんな顔が見られるなら…やってみるのもいいかもしれない
そう思った私は、軽く杏寿郎さんに微笑み返した後、正面へと向き直り
「わかりました。祝言の話…杏寿郎さんと一緒に進めたいと思います」
槇寿郎さんに向けそう言った。
「ありが「それはよかった!」…杏寿郎。人の話を遮るんじゃない」
槇寿郎さんは、言葉を遮って来た杏寿郎さんを呆れた表情を浮かべながら注意してはいたが、そこには杏寿郎さんと同じく、嬉しさのようなものが見え隠れしていた。