第17章 幸せな音が溢れる世界で
千寿郎君はそんな私の行動を寂し気な表情でじっと見ると
「今日でこの家を出て行ってしまうなんて…寂しいです」
両眉の端を下げながらそう言い
はぁ…
とため息をひとつ吐いた。
私はそんな千寿郎さんへと一歩近づき、その顔を覗き込む。
「私も、この家で千寿郎君のご飯が食べられなくなっちゃうのも、学校での話を聞けなくなるのもすごく寂しい。でも、この家からも、学校からも、そこまで遠くないでしょう?杏寿郎さんはあの邸で道場を始めるつもりみたいだし、私も、この子が産まれてしばらく家に篭りきりになるだろうから、いつでも遊びに来て」
「本当ですか?」
「うん」
千寿郎さんとそんなやり取りを交わしていると
"鈴音!話があるから来てくれ!"
槇寿郎さんの部屋にいると思われる杏寿郎さんが、私を呼ぶ声が聞こえて来た。
「はぁい!」
杏寿郎さんまで声が届くように大きな声で返事をした私は、"ここを出る前に、もう一度ゆっくり話そうね"と千寿郎君と約束を交わし、槇寿郎さんの部屋へと向かうためクルリと身体の向きを変えた。
「失礼します」
襖の向こうにいる杏寿郎さんと槇寿郎さんに一声かけた私は、取っ手に手を掛けスッとそれを開いた。
するとそこには、卓を挟んで向かい合っている2人の姿があり
……何か大切な話でもしていたのかな…?
僅かな緊張感を覚える。
「ここに座るといい」
杏寿郎さんは私のために置いていてくれたと思われる座布団をポンポンと2度叩き、私に隣に座るよう促した。
私は促された通りに杏寿郎さんの隣へと足を進めると
「失礼します」
この部屋に入る前と同じように一声掛け、そこに座らせてもらった。
杏寿郎さんはそんな私に向けニコリと笑いかけてくれた後、正面にいる槇寿郎さんへと視線を戻す。
そして
「これを見て下さい」
私からは杏寿郎さんの身体で隠れて見えていなかったものの、私が1人で待つのには少し手間取りそうな大きさの桐箱を卓の上にトンと置いた。