第17章 幸せな音が溢れる世界で
天元さんは私に向け話しかけてはいるものの、その視線は私の後方にいる杏寿郎さんへと向けられており、杏寿郎さんが極めて面倒くさい思考回路に飛び込まないかを気にしているようだった。
私は、そんな様子に苦笑いを浮かべながらも
「ありがとうございます。天元さん」
お礼を述べながらそれを受け取った。
天元さんは
"ほらみろなんの心配もなかったじゃねぇか"
と、私にだけ聴こえる声量で言うと
「じゃあな!祝言の日取りが決まったらすぐ連絡よこせよ?この俺様が、ど派手に祝ってやるぜ」
今度は私ではなく杏寿郎さんに向けそう言い、後ろ手に手を振りながら歩き始めたと。それから3歩ほど歩みを進めた後、フッと風のように一瞬でその姿を消した。
着替えを手に出来たことは嬉しかったし、雛鶴さんまきをさん須磨さんが準備してくれたとあらば、必要なものは全て入っているだろう。
……これで…一旦この場を去るっていう選択肢はなくなった…
杏寿郎さんの足が完治するまでの間、それから私の体調がもう少し安定するまでの間(自分としては、感覚が過敏になっているだけで特に体調が悪いわけでもないのでよくわからないが)杏寿郎さんと共に、煉獄家でお世話になることになった。
杏寿郎さんと千寿郎君はともかく、槇寿郎さんと寝食を共にするのはかなり緊張するだろう。
それでも、こんな私を杏寿郎さんの妻として、そして煉獄家の一員として迎えてくれたことに、心から感謝をしている。
クルリと振り返り、煉獄家の大きな屋敷の玄関へと視線を向けると、すでに玄関の中に入っている槇寿郎さん、それから千寿郎君がこちらを見ている姿が視界に映り込んだ。
その手前には杏寿郎さんもいて
「ほら。おいで」
松葉杖をついていない方の手を、私に向けスッと差し出して来た。
……嬉しいな
家族に迎え入れられた幸せを改めて噛み締め
「……はい」
私は杏寿郎さんの手を取り、その身を支えるように寄り添いながら、煉獄家の玄関をくぐった。