第17章 幸せな音が溢れる世界で
そして
「君は黙って見ていてくれ」
と、酷く優しい、そして頼りになる表情を浮かべながら言った。そのあまりに素敵な表情に目を奪われ
「……はい」
呆けながら答えてしまう。
私の返事を聞いた杏寿郎さんは、隻眼を柔らかく細め微笑んだ後
「父上!折り入ってお話があります!」
と言いながら正面へと向き直った。
槇寿郎さんは身体の前で両腕を組み
「…どうした」
と返事をすると、ムッと口を閉じ、言葉の続きを待っているようだった。
千寿郎さんは、僅かに緊張した面持ちにも見える槇寿郎さんの隣で目を輝かせ、心なしか嬉しそうな表情をしているようにも見えた。
「鈴音の腹に、俺との子がいます!」
杏寿郎さんの、あまりにも単刀直入なその物言いにドキリとしてしまったものの、それが紛れもない真実であり、その存在を伝えないことには話を前に進めることは出来ない。
杏寿郎さんの言葉を聞いた槇寿郎さんは
「…!!!」
普段は杏寿郎さんのそれよりも細く鋭い目を、大きく見開いた(千寿郎さんも、口を両手で覆いながら槇寿郎さんと同じように目を見開いている)。
「故に俺は、すぐにでも鈴音と夫婦になり、これからの人生を共に生きて行くつもりです!」
杏寿郎さんの力強い言葉が部屋に響き渡る一方で、槇寿郎さんは、岩のようにピシリと固まっており、未だに何の反応も示してはくれない。
「報告は以上です!」
杏寿郎さんがそう言い終えた後も
「………」
槇寿郎さんは、しばらく固まったまま動かず、ただただ沈黙が続いた。
「………」
「………」
「………」
「………」
誰も何も言わない空気に耐え切れず
「…っ…あの!」
私が、もう少しきちんと経緯を説明しようと口を開いた直後
「この馬鹿息子がぁあ!!!」
雷でも落ちたのだろうかと思ってしまうほどの怒号が、部屋中…いや、恐らく蝶屋敷中に響き渡った。
突然の怒鳴り声に、耳を塞ぐ暇すらなかった私は
ビクッ!!!!
と、軽く飛び上がる程に驚いてしまう。