第17章 幸せな音が溢れる世界で
「それはそれは本当に良かったですね。それで、冨岡さんは、そこで何をしているのでしょう?」
しのぶの問いに、水柱様はムフフとなっていた表情を、いつもの置物のような綺麗なそれへとパッと戻し
「俺は煉獄の頬を抓っていた」
と、至極当然のことと言わんばかりの様子で答えた。
あまりにも端的すぎるその答えに
……それじゃあ…何一つ伝わらないし…
眩暈がするほどの呆れを感じた。
それは勿論、しのぶも同じだったようで
「……抓っていたからなんなのでしょう?私が知りたいのは、何故そのような行動に至り、先程の大声を出す事になったか……ということです」
そんな言葉と共に、私の肩に置かれたしのぶの手に、僅かな力が加わった。
私は
"頼むからこれ以上しのぶを刺激しないで"
と、目で訴えかけるように杏寿郎さんと水柱様の方をじっと見たが、空気を"読まない"男と"読めない"男は、その実力を惜しみなく発揮したいようで
「なら最初からそう聞けばいい」
水柱様がそう答え
「冨岡!その言い方はあまりいいとは言えないな!俺がきちんと説明しよう!」
杏寿郎さんは、誇らしげに、何故自分が水柱様に抓ってもらい、あの雄叫びをあげる事になったかの顛末を説明し始めた。
しのぶはその説明を聞いている間
"あら"
"そうですか"
"なるほど"
と、逐一相槌を打っていたものの、そこには呆れの感情しか感じ取れず、杏寿郎さんが全て話し合える頃には、もはや怒るのも馬鹿馬鹿しくなってしまったようだった(そんな様子に思わず"よし!"と思ってしまったのは、きっと私だけじゃない)。
しのぶは
はぁ
と溜息をついた後
「煉獄さんのはしゃいでしまう気持ちはよくわかりました。ですが、何度も何度もお伝えして来た通り、ここは蝶屋敷です。先程のような大声を出すことは控えてください。今後あのようなことがあれば、安静の必要なしと見なし、即出て行ってもらいますからね」
聴き慣れた穏やかな声色でそう言った。