第17章 幸せな音が溢れる世界で
「…………たぶん…ありません」
「それはよかった!」
杏寿郎さんはそう言って、私の左頬に触れていた手を離し、そのまま私の額を優しく撫でた。
……どうしよう……私…すごく幸せだ…
完全に私の中の不安がなくなって訳ではないし、駄目な私は、何かあるたびに負の思考に捕らわれ、また同じように悩むこともあるだろう。
”なんて面倒くさい奴なんだ”
私が杏寿郎さんの立場であれば、そう思ってしまうかもしれない。けれども、杏寿郎さんはそんなことを思う人じゃない。
”お前も少しは変わる努力をしろ”
私が杏寿郎さんの立場であれば、そう言ってしまうかもしれない。けれども、杏寿郎さんはそんなことを言う人じゃない。
私が悩み立ち止まるたびに、当たり前のように自分もそうしてくれ、熱すぎる程の愛と言葉で、私の心を満たし、また歩き始める力をくれる。
私はお腹の辺りで組んでいた手を解き、依然として私の右頬に触れている杏寿郎さんの大きな手のひらに重ねると、剣蛸だらけのゴツゴツしたそれにすり寄った。
そんな私を
「鈴音」
杏寿郎さんの心地いい声が呼ぶ。
「……はい」
愛おしい手の感触を余す事なく感じようと瞑っていた目を開くと
「…っ…!」
肩がビクリと上下してしまう程の真剣且つ熱い瞳と目が合い
……杏寿郎さん…こんな顔もするんだ…
思わずそんなことを思ってしまった。
杏寿郎さんは、私の額に触れていた手で、杏寿郎さんの手に重ねていた私の手を優しく引きはがすと、それで私の右手を取り、それから同じように逆の手も取った。
それから、ゆっくりと瞬きを1度した後
「改めて聞く」
と、力強い口調で言った。
その杏寿郎さんの口調と雰囲気に、私の胸が感じたことのない高揚感で一杯になり
「……は…はい」
声が情けないほどに震えてしまう。
私の手を包み込む杏寿郎さんの手の力がぎゅっと強められた後
「俺の妻に…なってくれるな?」
疑問形ではありながらも、”承諾の言葉しかいらない”と言わんばかりの問いが投げかけられた。