第17章 幸せな音が溢れる世界で
そしてもし、杏寿郎さんがこの子の存在を受け入れてくれなかった時、たった一人で幸せにしてあげられるのか。
何度も何度も自分自身に問いかけ、問いかけては不安で押しつぶされそうになった。
それでも、一度たりとも
”産まない”
という選択肢は浮かんで来なかった。
「でも…それでも私は…一人でもこの子を……っ…!」
”産みたいんです”
そう言おうとしていたのだが、にゅっと伸びてきた長い両腕に優しく引き寄せられ、思わず口を閉じてしまう。
杏寿郎さんは、そのまま私の鳩尾あたりに顔を埋め、黙り込んでしまった。それから少し顔の角度を変えたかと思うと、ぴょんぴょんとはねている前髪をくしゃくしゃにしながら、額を擦り付けてくる。
そんな様子に
「…………まだ…話の途中なんですけど…」
苦言を呈すると、杏寿郎さんは、私の身体に埋めていた顔を離した。
そして
「触ってもいいだろうか?」
杏寿郎さんらしからぬ小さな声で尋ねてきた。
そんな様子に
…いつもは無断で…どこでも触ってくる癖に…
なんてことを内心思いながらも
「……いいですよ」
"触れたい"と思ってくれる気持ちが嬉しくて、自然と口角が上がってしまった。
杏寿郎さんは、私の背中に回していた両腕を解き、ゆっくりと私の下腹部の方へと移動させると、まるで宝物にでも触れるような手つきで、私のそこに触れた。
「…はは…もう出てきているじゃないか」
そう言った杏寿郎さんの声は、今まで聴いてきた杏寿郎さんのそれの中で、最も優しく、そして穏やかなもので
「……っ!」
胸の奥から熱い何かがこみ上げ、目頭がジワリと熱くなる。
杏寿郎さんは名残惜し気に私の下腹部から手を離し、離したそれを再び私の背中に回した。それから、下から見上げるように、私の顔を真剣な表情でじっと見つめてくる。
そして
「俺の一生を懸け、鈴音と腹の子を守り幸せにすると誓う。だから今すぐ俺の妻になってくれ」
少しの迷いも感じさせない、真っすぐな声でそう言った。