第17章 幸せな音が溢れる世界で
ようやく解放された頭を両手で摩りながら天元さんの方へと視線を向けると、不機嫌そうな顔でお茶をすすっていた。
”音柱に稽古をつけてもらうように”
その文面を目にした時の絶望感は今でもよく覚えている。ムキムキネズミが長屋に現れた時の衝撃も、天元さんと初めて面と向かって顔を合わせて時のあの恐怖も、鮮明に思い出せる。
そんな風に思っていた自分が、まさかこんなにも天元さんのことを慕うようになるなとは、夢にも思っていなかった。
理不尽なことを言われたり、馬鹿にされたり、揶揄われたことはごまんとある。けれどもそれ以上に、励まされ、背中を押され、なんだかんだで甘やかしてもらったことの方が圧倒的に多い。
弱い私がこうしてやって来れたのも、ただ刀で斬り合うだけじゃない、忍独自の戦い方を身につけることが出来たからである。
そして何より、私はここで"愛"と言うものを知ることが出来た。
夫1人に妻3人と、特殊な環境ではあったものの、私が知る限り、こんなにも互いを愛し、信頼し合っている夫婦はいない。
4人の生活を垣間見せてもらうことがなければ、私の中で夫という存在の代表は妻に暴力をふるい、妾を作り、死に追いやった父だった。そして妻という存在の代表は、夫に愛されない事を嘆き、子どもを置いて死を選ぶ母であり、他人の家庭を壊し、私を追い出した継母だった。
「………天元さん」
私がその名を呼ぶと
「あぁん?なんだよ」
不機嫌そうな声で返事が返ってきた。
私は、そんな天元さんをじっと見つめ、ふぅと軽く息を吐くと
「……私、天元さんの弟子になれて良かったと…心からそう思っています。…こんな私を弟子にしてくれて、本当にありがとうございました」
卓から距離を取り、両手を畳につき、額が下についてしまうほど深く頭を下げた。
天元さんはそんな私の行動に
「急に改まりやがって…気持ち悪ぃな。つぅか腹潰れてんじゃねぇか。その恰好やめろ」
と、意外にも気遣いを見せてくれた。