第16章 私が守るべきもの
杏寿郎さんのそれとは全然違う、柔らかくて、どことなく甘い香りがするそこは、かつて家族が幸せだったころ、眠れない夜に母の胸に甘えさせてもらった時のようで、母に置いてけぼりにされたことでついてしまった私の心の傷を、塞いでくれたような…そんな気がした。
そうしてしばらく、4人で団子のようにくっついていると
「…それじゃあ…俺は、現場に戻ります」
と、ものすごく申し訳なさそうな声色で、苗場さんが声を掛けて来た。
すると
「わぁっ!?すみません!あなたの存在をすっかり忘れていました!」
須磨さんが肩を大きく上下させ、首だけを苗場さんの方に向けながらそう言った。
雛鶴さんとまきをさんは私から一旦離れ、雛鶴さんは苗場さんの前へ、まきをさんは居間の方へと駆けていった。
「鈴音を連れて来てくれてありがとう。後で改めて、お礼をさせてもらうわ」
そう言いながら苗場さんに向け頭を下げた雛鶴さんに
「俺はただ、胡蝶様に頼まれた通りに動いただけです。お礼を言うのであれば、俺をここに寄越した胡蝶様にお願いします」
と、後頭部をかきながら、照れくさそうに言った。
そんな苗場さんの言動に抱いた印象は、初対面の時のそれとは180度異なるもので、自分の物差しで他人をはかり、相手の本質を知ろうともしなかった自分自身の愚かさを改めて実感させられた。
そんな事を考えている間に、先ほど邸の奥へと消えていったまきをさんが、大きなきんちゃく袋を片手に戻って来た。
まきをさんは苗場さんの前に立つ雛鶴さんの隣に立ち
「うちの鈴音が世話になったね。丸薬は危ないから持たせられないけど、包帯に消毒液、それから止血薬なら素人でも使えるから持っていきな」
手に持っていたきんちゃく袋を、ズイッと苗場さんに押し付けるように渡した。
苗場さんは”ありがとうございます”と言いながらそれを受け取ると
「戦いの最中に会えるかわかりませんが…音柱様に何か伝えること等ありますか?」
と、雛鶴さんとまきをさんに向け尋ねた。