第16章 私が守るべきもの
すると杏寿郎さんは
「そうか。わかった」
と言いながら、私を抱きしめていた腕をそっと離した。
"わかった"
その言葉の中に、輝利哉様のご指示の内容を理解したことを示す”わかった”と、その指示を自分が実行に移すことを示す”わかった”の2種類の意味があることが窺い知れ
行かないで欲しい
と、咄嗟に思ってしまった。
けれども、例え私がそうお願いしたとしても、例え私の腹に杏寿郎さんの子が宿っていることを伝えたとしても、杏寿郎さんがその願いを聞き入れてくれないことはわかっている。
自分勝手な感情を、唾と共にゴクリと飲み込んだ私は、私から離れ、しのぶさんの方へと歩いて行く杏寿郎さんの羽織をきゅっと握り
「……っ…絶対に…生きて…会いましょうね…」
震えそうになる声をグッと抑え、そう言った。
すると杏寿郎さんは
「……うむ!」
杏寿郎さんの羽織を掴んでいた私の手をグイっと引き
「…っ!?」
ちぅ
私の唇に、腕を引いた力とは異なる、優しい口づけを落とした。
驚き固まっている間に、杏寿郎さんの唇が離れていき
「西洋では、恋人に誓いを立てる際口づけを交わす風習があるそうだ…というのは言い訳だ!力を尽くせるよう、俺がそうしたかっただけだ!叱りの言葉はまた後で聞くとしよう」
”わはは!”といつもの調子で笑いながら、歩いて行ってしまった。
あまりの展開についていけず、固まっていると
「…まったく。煉獄さんには私の姿が見えていないようですね」
しのぶさんが呆れを含みつつも、優しい声色でそう言った。
その言葉で我に返った私は
「……っ…すみません」
顔を手で覆い隠し、謝ることしか出来なかった。
けれどもその直後
”いぃやぁぁぁぁ!降ろして!俺はもう無理ぃぃい!”
と叫ぶ善逸の声が聴こえ
「っどうしたの!?」
「あらあら随分と騒がしいですね」
私は、しのぶさんと共に角を曲がった。