第16章 私が守るべきもの
村田さんの言葉で我に返った私は
「…っすみません…嬉しくてつい…」
善逸の腕を振り払い、慌てて村田さんから離れた。
そんな私の行動を、善逸がものすごく不満気な表情を浮かべながら見ている。
「いや俺としては役得だからいいんだけど…じゃなくて!」
村田さんは、ブルブルと頭を左右に振った後、私、それから善逸の顔を交互に見た。そして
「我妻と荒山さんってすげぇ仲良しなんだね。もしかして同門?」
激しい戦いをしても尚サラサラ具合を保つ前髪を揺らしながらそう尋ねて来た。
そんな村田さんの言葉に
"コラ善逸!休んでないでさっさと走るんじゃ!鈴音に置いていかれてしまうぞぉ!"
"もぉぉぉ!少しは休ませてよぉぉぉ!"
"もうちょっとだよ善逸!これが終わったら、川の水で冷やした桃でも食べながら休憩しよ!"
"本当!?やったぁ!"
そんなやり取りが脳裏に蘇ってくる。
本当は、その中に獪岳が加わる事を、じぃちゃんは心から望んでいた。
弟子同士が切磋琢磨し、互いに高め合う。そんな一門をになる事を、望んでいたはずだ。
けれども獪岳は、自分1人だけを見てくれることを望み、そうしなかったじぃちゃんに、怨みの感情すら抱いていた。
そんな獪岳と、同じ方向を向いて歩くことは、私にも、そして善逸にも、どうあっても無理だった。
「……はい。善逸は、同じ育手の元で修行を積んだ…私の大事な…たった1人の弟弟子です」
私のその言葉に、善逸は切なげな、それでいて穏やかな笑みを浮かべると
「そ…俺と姉ちゃんは、元鳴柱、桑島慈悟郎の愛弟子です」
じいちゃんと色違いの羽織の襟を、右手でギュッと握りしめた。
私も、そんな善逸の行動に倣い、じぃちゃんからもらった紫陽花色の羽織を握りしめる。
じぃちゃんのだみ声で名前を呼んでもらえることは、もう二度とない。
それでも、じぃちゃんと過ごしたあの日々を。
私に初めて
帰りたい
と、思える場所を与えてくれた事を、私は決して忘れたりはしない。