第16章 私が守るべきもの
その気配が近づくにつれ、先ほどまでしつこいと言いたくなるほどに出て来ていた鬼達が、ピタリと現れなくなった。
心の準備をするように、ゆっくりとした足取りで、気配の主がいる場所を目指し歩く。1歩、また1歩と歩くたび、私の中の怒りが沸々とその温度を上げていくような感覚を覚えた。そしてそれは、隣を歩く善逸も同じようで
……こんな雰囲気の善逸……初めてだ
じぃちゃんを除いた誰よりも善逸のことを知っている…と、自負している私ですら、驚いてしまうような雰囲気を纏っていた。
とうとう襖一枚隔てた向こうに、じぃちゃんを死に追いやった張本人である元同門…獪岳の気配を感じるところまでたどり着いた。
襖を破って切り掛かりたい気持ちをグッと堪え、隣に立つ善逸の顔を見る。
「いるんだろ。出て来い」
一見落ち着いて聴こえる善逸の声だが、抑えきれない怒りの感情が、私にはしっかりと伝わって来た。
「そこにいるのはわかってる」
善逸が再び声を掛けた直後
スラッ
と、襖が僅かに開き
「口の利き方がなってねえぞ。兄弟子に向かって」
相変わらず偉そうなことを宣う、今や少しも耳に入れたくない声が聴こえて来た。
僅かに開いた襖の淵に、人間のそれとはかけ離れた尖った爪の生えた手が添えられ
スーッ
と、更に開いていく。
そして視界に入って来たのは
「少しはマシになったようだが…相変わらず貧相な風体をしてやがる。久しぶりだなァ、善逸」
パッとした見た目はそこまで変わっていないようにも見えるが、その瞳には"上弦"そして"陸"という文字が刻まれ、左右の頬にも、今までにはなかった痣のような模様がある獪岳の姿だった。
その人外的な容姿が、獪岳が正真正銘の"鬼"であることを、はっきりと指し示していた。
「お前も。相変わらず生意気な顔だなぁ。お前みたいな奴、あの時連れて行かなくてよかったと、心底思うぜ」
善逸を、そして私を小馬鹿にする獪岳の手は、腰巻きのようなものに刺してある日輪刀の柄に添えられており
「…っ…あんたがそれを持つ資格はない…いますぐ手放しなさいよ」
あの日、じぃちゃんの家で手にしたそれを、鬼となった今でも当たり前のように持っている姿に、震えるほどの怒りを感じた。