第16章 私が守るべきもの
…束の間の昼夜逆転生活を過ごせてるっていうのに…これじゃああんまり意味ないんだよね……でも…昨日は…久々に、一度も目が覚めずに寝られたんだよな…
泣き疲れていたという要因もあったのかもしれない。けれどもやはり、一番の要因は
”杏寿郎さんが隣にいる”
という安心感からくるものが大きい気がした。
なんだか自分が、杏寿郎さんに酷く依存してしまっているようで怖い気もした。それでも、それほどまでに自分が誰かを好きになり、心を預けられるようになったことは嫌だとは思わない。
ましてその相手が、自分と同じ…いや、それ以上の気持ちをくれる相手ならば、これを”幸せ”以外の言葉でどう表現すればいいのか、今の私にはわからない。
……っと…いつまでも考え事をしてる場合じゃない…日の傾き具合から考えれば、ここにいられる時間はもう2時間くらい…それでどうこう出来る自信はないけど、出来ることはやっておかなくちゃ…!
私はグダグダと考えていた思考を一旦捨て
ふぅぅぅぅぅ
と長く、そして深く深呼吸をし
「……行きます…」
誰に言うでもなく呟いた後、草木が生い茂る山道を音もなく駆け出した。
そうして山での個人稽古を時間いっぱいまでこなし、杏寿郎さんの邸に戻った私は、同じく柱稽古を終えた杏寿郎さんと合流し、蝶屋敷へと2人一緒に出発したのだった。
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杏寿郎さんは、善逸との待ち合わせ場所に向かう私の事を、その姿が豆粒ほどの大きさになるまで見送ってくれた。
蝶屋敷までの道すがら、杏寿郎さんはずっと私の右手を握っていてくれた。そのせいか、一人で歩く道は、何故かとても寂しく感じてしまう。
私は寂しさを紛らせるように
チッ…チチチ…
かさかさっざわぁ
と、穏やかに辺りを包み込む鳥の鳴き声や風の音に耳を澄ませてみる。
そうすると、少しだけ心が落ち着いた。更に、力強く風を切る羽音が聴こえた直後
「…鈴音…」
和が、私の肩に静かに止まった。