第15章 強くなりたいと願うなら、前を向いて進め
「わかりました。それでは、俺はこれで」
「うん」
千寿郎君はヤカンいっぱいに準備した麦茶を持つと
ちゃぷちゃぷ
カランカラン
……あ…この音…すごくいい
と、久方ぶりに感じる耳心地のいい音を立てながら台所を去って行った。
部屋に戻った私は、特にやることもなく、なんとなく卓の前に腰かけてみる。つい先ほどまで紙でいっぱいの大きな机に腰かけ忙しくしていたのに、今は何も乗っていない小さな卓の前でぼんやりしていることが、なんだか落ち着かない。
それでも、部屋を包み込む大好きな杏寿郎さんの匂いを吸い込んでいると、だんだんと気が抜けて来てしまい、どっと疲れが押し寄せてきた。
…だめだ…ただぼんやりしているだけだと、そのまま寝ちゃいそう
わずかに感じた眠気から逃れようと、首をぐるりと回してみる。すると自分の荷物が収まった棚が視界に入り、書いたものの、送るのを後回しにしていたじぃちゃんに宛てた手紙の存在を思い出す。
……今のうちに出しておいた方がいいかもしれない
卓の前から立ち上がり、棚の方へと移動する。それから引き出しを引っ張り、中身を取り出した。
書いた時とはちょっと状況も違うし、追加で何枚か書いちゃおうかな
そう思った私は、筆と硯、それから墨の入った箱を取り出そうと身を屈めた。
その時、サっと部屋の襖が開き
「待たせてしまいすまない」
稽古を無事終えたと思われる杏寿郎さんがやって来た。
「いいえ。私の方こそ、急かしてしまったみたいですみません」
箱を手に持ちながら杏寿郎さんの方へと振り向くと、それを目にした杏寿郎さんの目がピクリと反応した気がした。
「……文を書くのか?」
「はい。でも、杏寿郎さんも来たことですし、もともと書き終えていた分を出せば済むので、今はやめておきます」
手に持っていた箱を、再びしまおうとしたその時
「…それをしまい終えたら、こちらに来てくれ。鈴音に…話さなければならないことがある」
杏寿郎さんが、珍しく歯切れの悪い様子で言った。その表情も、”深刻”という表現がぴったりと当てはまるそれで
「……はい」
とてつもなく嫌な予感がした。