第15章 強くなりたいと願うなら、前を向いて進め
互いの背丈の関係上、2人とも立ち上がっているときは、顔を真上に向けないと杏寿郎さんと口づけを交わすことは出来ない。
普段上から紐で釣っているように姿勢の正しい杏寿郎さんが、私と口づけするときは背中を丸めがちになる。
そのことが私はたまらなく幸せだった。
ゆっくりと互いの唇が離れ、それに伴い杏寿郎さんの顔も離れていく。
杏寿郎さんは眉の両端を下げ、酷く愛おし気に私を見つめていた。そして
「あまり可愛いことをしてくれるな。離れがたくなってしまうだろう」
私の前髪を、優しい手つきでかき上げた。
私も同じ気持ちだった。
もっと一緒にいたい
もっと抱き合っていたい
もっと甘えたい
けれどもその気持ちを、外向けの笑顔の下に隠し
「…しのぶさんの役に立てるように頑張ってきますね」
自分自身に言い聞かせるようにそう言った。杏寿郎さんは、そんな私の事を、最後にもう一度抱きしめ
「行っておいで」
「…行ってきます」
送り出してくれたのだった。
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蝶屋敷に着いた私は、真っ先にしのぶさんの診察室へと向かった。
そのまますぐ、しのぶさんの手伝いが始まると思っていたため、心の準備を済ませてきたのだが
”これから場所を移します。鈴音さんが寝泊まりする部屋を用意してありますので、そこに荷物を置いたら、屋敷の門まで来てください”
と言われてしまい、なんだか拍子抜けしてしまった。
けれども、その後しのぶさんの後を追ってたどり着いた場所がどこであるかを理解した途端
………ここ…お館様の…お屋敷じゃない…!
変な汗が流れ始め、挙動不審になってしまう。
更にだ。
お館様のお屋敷の裏側に建っていた離れの建物に連れていかれ、中に入ると、そこには儚げで綺麗な女性と、その女性を守るように立つ、眉間にそれはもう深い皺を刻んだ男性の姿があった。
感じ取れるその2人の気配から
……この2人……鬼だ
すぐにそのことに気がついたのだが、禰󠄀豆子ちゃんと同じく"嫌な気配"を全く感じなかったので、この2人が私たちにとって有害な存在でないことは理解できた。