第15章 強くなりたいと願うなら、前を向いて進め
その夜は、杏寿郎さんと千寿郎さん、兄弟仲良く同じ部屋で寝てもらおうと思っていたのだが
"僕は明日も兄上と一緒ですし、1人でも大丈夫なので。気にせず2人で寝てください"
と年下の千寿郎さんに変な気を遣わせてしまった。
けれどもそんな千寿郎さんの気遣いのおかげで、私と杏寿郎さんは、身体を交えることはしなかったものの、久方ぶりに互いに身体を寄せ合いながらゆっくりと眠ることが出来たのだった。
「それじゃあいってきます」
しのぶさんから杏寿郎さんの方に連絡が行っていたらしく
"明日の9時、私の診察室まで来てください"
と言う指示に間に合うよう、私は炎柱邸を出発しようとしていた。
千寿郎さんは、またまた気を遣ってくれたようで、私の見送りには来ず、これから槇寿郎様が持ってきてくれると言う大量の食材を片付ける準備をすると言い、台所から出て来なかった(本当に、なんて出来た男の子なんだろう)。
「うむ。毎日文を送るのを忘れないように」
杏寿郎さんは隻眼を優しく細めながら私の左頬を右手でスルリと撫でた。
「もう…大袈裟なんだから。しのぶさんのところにお手伝いに行くだけですよ?そもそも、蝶屋敷で寝泊まりするようにって言ったのは杏寿郎さんですからね?」
呆れたようにそう言うと
「致し方ない選択だ。君がいないこの邸は、蜜の絡んでいない大学芋のように味気ないからな」
杏寿郎さんは至って真面目な表情を浮かべながらそう言った。
つい先日、食べ物の種類に違いはあれど、同じような感覚を抱いた私には、その頓珍漢な例えもなんだか嬉しく感じてしまう。
「…ふふっ…それじゃあ、蜜の絡んだ大学芋をたくさん食べれるように、お互い頑張りましょうね」
そう言いながら私が杏寿郎さんの手に手を重ねると
「うむ」
杏寿郎さんは、普段のそれよりも静かな声で返事をし
ちぅ
と、下唇を喰むような口付けを落としてきた。
そんな杏寿郎さんの行動に、無性に離れがたくなってしまった私は、その逞しい首に両腕を絡めた。