第15章 強くなりたいと願うなら、前を向いて進め
音柱邸を出た私はしのぶさんに文を飛ばすため、一旦杏寿郎さんの邸へと戻ることにした。
「ただいま戻りました」
邸の玄関を開け、帰宅の挨拶をすると
バタバタバタバタ
邸の奥の方から足音が聞こえ
「おかえり鈴音!」
満面の笑みを浮かべた杏寿郎さんがやってきた。
その後を追うように静かな足取りでやってきたのは
「おかえりなさい」
杏寿郎さんと瓜二つの容姿をもつ
「千寿郎君!」
千寿郎君の姿だった。
私は急いで草履を脱ぎ、杏寿郎さんの横をすり抜けると
「久しぶり!元気だった?」
千寿郎君の両手をさっと取りそう尋ねた。
「はい。俺も父上も、変わらず元気にやっています」
穏やかな笑みを浮かべながら、私の手を優しく握り返してくれる千寿郎君の様子に、すでに緩んでいた私の頬がさらに緩んでしまう。
「それは良かった。ところで、今日はどうしたの?ここまで来てくれるなんて珍しいね?」
首を僅かに右に傾けながらそう尋ねた時、私の顔を見ていたはずの千寿郎君の視線がパッと私の頭頂部よりも上に上がり、それから僅かに目を見開いた。
……どうしたんだろう?
そう思っていたその時
「…っひゃ!?」
背後からぬっと伸びてきた屈強な2本の腕に、グイッと引っ張られる。
誰がそんなことをしたのか。
そんなことは考えるまでもなく明白で
「っ杏寿郎さん!千寿郎君の前で…いったい何をするんですか!?」
腕の持ち主である杏寿郎さんに苦情を述べた。
「鈴音が俺を無視するからだろう!?俺と君とて、こうして会えるのは久方ぶりのことだろう!?」
「…千寿郎君と比べたら全然そんなことありませんから!と言いますか、基本的に毎日会っているでしょう!?」
「稽古で顔を合わせるのは会ったうちに入らない!」
「何ですかその独自の解釈は!?もう!いいから放してください」
そんな私のやり取りを、千寿郎君はクスクスと口元を覆いながら見ていた。
杏寿郎さんは、千寿郎君に笑われてしまったことが恥ずかしかったのか、先ほどまでの煩さが嘘のように静かになる。