第1章 始まりの雷鳴
父には行動の癖のようなものがあって、物事が自分にとって上手く回っていない時、歩き方、息遣いが普段とは異なっていた。母を守りたい一心で、それに耳をすませて聴いていた私は、何故か段々とその違いがが顕著にわかるようになっていった。すると、段々とその情報から微量ながらも気配を感じ取れるようになった。
その時から私は人よりも”聴ける”ようになり、その聴こえる音で状況を判断する癖のようなものがついてしまった。
私はその特技、と言えるほどでもないが聴き分ける耳を駆使し、父の機嫌がよくないとき、母にそれを伝えるようにしていた。そうすれば、私は大切な母を父の暴力から、暴言から守ることができた。
子どもなりに、大好きな母を守りたかった。
そんな私の努力も虚しく、”愛してもらえないのであれば生きている意味なんてない”と母は自ら命を絶った。
その時私は”哀しい”という気持ちよりも、”どうして私を置いて行ってしまったの?”という気持ちの方が遥かに優っていた。
私は、母にとって必要な存在ではなかった。
その後父は、母の四十九日が明けるのを待つことなく新しい妻として長年逢引きをしていた女を家に住まわせ、私はただそこに住まわせてもらっている前妻の子どもとして扱われるようになった。
父にとっては、いてもいなくてもいい。そんな存在だったのだと思う。けれども後妻はそうではなかった。
聴かないように努力していたのに、ある時私は聴いてしまった。
「あんな、なんの役にもたたない子ども、さっさと追い出しましょうよ」
「俺だってできることならそうしたいさ。あいつの顔を見てると死んだあいつの顔が浮かんでくるからよ。親戚に押し付けようとしたんだが断られちまったんだ」
「だったら奉公にでも出しましょうよ!そうすればお金ももらえるし、無駄な食費も無くなるし、いい厄介払いになるわ」
この2人にとってももちろん、私は必要な存在ではなかった。
私の居場所はどこにもない。なんの役にも立たない私は、存在したらいけない。そんな考えで私の頭は埋め尽くされるようになった。
程なくして、最低限の荷物を風呂敷に詰め込まれ、私は生まれてからずっと過ごしてきたあの家をあっという間に追い出されたのだった。
こうして追いやられた奉公先で、私は女将さんと、幸運にも巡り合うことができたのだ。