第14章 秘薬を求めて※
杏寿郎さんの姿をした何者かと距離を取る為に
「…っ響の呼吸…肆ノ型…空振波浄…!」
普段のそれと比べるとかなり弱い勢いの音の波を作りだす。
「……おっと」
すると、私の身体から弾かれるように遠ざかって行った杏寿郎さんの姿をした何者かは、布団から2メートルほど離れた畳の上にスタッと鮮やかに着地をした。
力の入らない腕に何とか力を込め上半身を起こし、杏寿郎さんの姿をしているその人をじっと睨みつけていると
「まさか誘幻花に犯されながら正気を取り戻すとは…驚きだ」
杏寿郎さんの姿をした何者かは酷く感心したようにそう言った。
……誘幻花…?…っ…そうだ…ここは忍の里で…目の前にいるこいつは…
「…っ…天亥様…?」
「正解だ。やはりお前はいい」
どんな仕掛けかはわからないが、姿形が杏寿郎さんのそれに見える天亥様は、ニヤリと口元を緩めながら笑った。そんな様子に
「…っ…杏寿郎さんは…そんな…下品な笑い方…しない…!」
私は思わずそんな事を口走ってしまう。すると天亥様は
「ほぉ。お前の想い人は杏寿郎と言う名か」
と、どこか嬉しそうな声色でそう言った。
今現在の自分の状況と天亥様の先程の発言で
「……誘幻花の影響で…っ…目にする人みんな…杏寿郎さんに見える…そんなところでしょう…?」
自分が誘幻花という恐ろしい花からどのような影響を受けているのか、なんとなく理解できた。
「やはり俺の目に狂いはないようだ」
杏寿郎さんの姿をした天亥様はそう言うと
「…っ!?」
一瞬で私との距離をつめ、私の視界は大好きな杏寿郎さんの顔で埋め尽くされた。
「お前は余計なことは考えず、好いた相手に抱かれていると思えばそれでいい。身体の疼きもそろそろ限界だろう?」
私の目が映しているのも、ぱっと聞いただけのその声も、両方杏寿郎さんのそれなのに、私の鼓膜を揺らすその声の波だけが、目の前にいる人物が杏寿郎さんではない事をはっきりと教えてくれていた。