第13章 幸せすぎる無理難題と悲しすぎる別れの口火
……速度が…落ちてる…?
頬に当たる風の勢いが徐々に落ちていき
「間も無く到着する!」
耳栓をしていても聞こえるようにといつも大きな声をさらに大きくしていると思われる杏寿郎さんの声が耳に届いてきた。
「はい」
間も無くってあと5分くらいかな?
そう思っていた私だが
…あれ?もう着いたのかな?
杏寿郎さんの動きがピタリと止まったと同時に、頬に当たる風も止んだ。杏寿郎さんは途中もそうしたように、つま先からゆっくりと地面に着けるように私のことを降ろしてくれた。
それから私の両耳に詰められている耳栓を取り除き
「着いたぞ」
と教えてくれる。
「お疲れ様でした。運んでいただきありがとう……」
"ございましたと"言葉を続けようとした私だが、ふとおかしな事に気がつき言葉を切った。
……息遣いが…ふたつ聞こえる…?……っ…ということは!
今日私と杏寿郎さんと共にお館様の屋敷に来る予定でいた人物など1人しかいない。
…うそ……もしかして…!
ごそごそと後頭部で杏寿郎さんの指先が動き、はらりと目隠しを取り払われる。徐々に目を開き、視界に映り込んできた綺麗な玉石や整えられた木々に、自分が既に屋敷のお庭に足を踏み入れていることを理解した。
暗さに慣れてしまっていた目がいつもの調子に戻ったことを確認し終えた私は、杏寿郎さんの息遣いじゃない方に恐る恐る顔を向けた。もちろんそこには
「恋仲の男に抱かれて登場たぁいい御身分だなぁ」
顎に手を当てニヤニヤと楽し気な笑みを浮かべている天元さんの姿があった。
「…っ…天元さん…」
その言動とこの状況から考えれば、天元さんは間違いなく杏寿郎さんが私を横抱きにしている姿を見ている。
…どうして…起こって欲しくないと思っていたことに限って起こるの…?
私は、上唇と下唇をキュッとくっ付け羞恥心を懸命に堪えた。