第12章 束の間の安息と初めましてと二度目まして※
あんまりくっ付かれると…寝にくいんだけどなぁ
そう思いはするものの、流石に"寝にくいからそんなにくっ付かないで下さい"と言うほど冷たい心は持ち合わせていない。
「それじゃあ私は先に布団に入らせてもらいますね」
文を書いている杏寿郎さんにそう一言告げた私は、羽織を脱ぎ、自分から近い方の布団に入った。
それから自分の寝やすい体制に身体をもぞもぞと動かしていると
「待ってくれ!俺もすぐに行く!寝てはだめだ!」
文を書き終えたと思われる杏寿郎さんは、そんなことを言いながら慌てた様子で座卓の上を片付け始めた。
…寝ちゃだめって言われても…今日は色々あって疲れてるからなぁ…
朝稽古に診察、音柱邸での稽古、そして何よりも槇寿郎様とのあのやり取り。久々の慌ただしい1日に、私は身体以上に心がクタクタだった。
けれども
「…あっ!」
「どうかしたか?」
大事なことをし忘れていることに気がついた。
「寝る前に、毎日必ず点耳薬をいれるようにと胡蝶様に言われたんでした!」
「む!それは忘れてはならないな!」
私はぬくぬくと温まり始めた布団から抜け出し、いつも腰につけている鞄から、今日胡蝶様から処方された点耳薬を取り出した。
こんな大事なものを忘れるなんて…疲れているとはいえだめだな………幸せボケでもしてるのかな?
そんなことを考えながら薬の蓋をくるくると回していると、手元がフッと暗くなった。チラリと背後を振り返ってみると、杏寿郎さんが興味津々な顔をしながら私の手元を覗き込んでいた。
「それは耳にさすものか?」
「そうですけど…よくご存知ですね」
「俺も昔、同じようなものを使ったことがあってな」
「え?そうなんですか?」
意外な杏寿郎さんの言葉に、私は視線だけでなく、顔全体を杏寿郎さんの方へと向けた。
杏寿郎さんはそんな私の背後に膝立ちになると、身体の前で腕を組み
「あぁ。以前俺も、両耳の鼓膜を破り、何も聞こえなかった時期があってな。その際同じような薬を使っていた」
私が持っている点耳薬をじっと見つめながらそう言った。