第12章 束の間の安息と初めましてと二度目まして※
「杏寿郎は私の息子とは思えない程よくできた息子です。妻を亡くし、酒に溺れ、任務どころかまともな生活すら送らなくなった私の代わりに、炎柱としての責務も、一家の大黒柱としての責務も両方担ってくれた」
「……」
私に向け話してくれるお父様の顔は酷く悲し気で、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
「後遺症の影響で柱を退き、隊士の育成に専念すると杏寿郎から聞いた時、私は…心底安心しました。なのに杏寿郎は”不甲斐ない息子で申し訳ない”と謝って来たんです。…謝るべきは、長年息子たちから目を逸らし続けた私なのに…」
その言葉に、お父様が、自分のして来た行動を深く悔いていることが伺い知れる。
「…すみません。話が逸れてしまいましたね」
お父様はそう言いながら苦笑いを浮かべた。それからふっと真剣な表情に戻り
「鈴音さん」
と、私の名を呼んだ。
「……はい」
緊張で口が乾いてしまい、すぐに返事ができなかった。
「私は…身を粉にし、私を含めた周りの人間や、鬼殺隊の為に尽くしてきた杏寿郎に…今度は己の幸せを掴んでもらいたいと思っています」
「……」
"その為に身を引いてはもらえないでしょうか?"
そう言われてしまうのではないかと、どうしようもない不安が胸の奥から押し寄せて来る。身体全体に力が入り、両手に作った握り拳は強く握りすぎているせいか、白く変色していた。
そんな私に向けお父様が発してくれたのは
「その為に、どうかこれからも杏寿郎のそばにいてやってください」
"身を引いて欲しい"とは相反する、私にとって願ってもない言葉だった。
「……っ…いいん…ですか…?」
杏寿郎さんのお父様に受け入れてもらえた事が信じられなくて、そして嬉しくて、私の声は、先の理由とは違うそれで震えそうになる。
お父様は、まるで私を安心させるかのように不器用な笑みを浮かべると
「もちろんです。というよりも、万が一、私が鈴音さんを遠ざけるようなまねをする事があれば、杏寿郎は今度こそ私を許してはくれないでしょう」
そう言ながら右手の人差し指で、僅かに髭の生えた頬をぽりぽりと掻いた。