第12章 束の間の安息と初めましてと二度目まして※
私が声を掛けると、杏寿郎さんのお父様は真剣な面持ちを浮かべ私へと視線を寄越してくれた。
「後で構いません。2人でお話させてもらう時間を…設けてはもらえないでしょうか?」
私が遠慮がちにそう問いかると
「もちろんです」
お父様はすぐにそう答えてくれた。けれども
「……」
そんな私とお父様のやり取りを聞いていた杏寿郎さんは、何を考えているのかいまいちわからない表情を私に向けていた。
杏寿郎さんには…何を話すか説明しておいた方がよさそうかな…
そう思った私だったが
「杏寿郎」
「はい」
「黙って待つというのも、大人の男としてのたしなみだ」
「……わかりました」
杏寿郎さんのお父様のその言葉に、私も言葉を発するのを踏みとどまった。
「…それでは、急ぎ着替えてきますので少しお待ちください」
私はお父様、弟さん、それから杏寿郎さんへと会釈をし、急ぎ自分の荷物が置いてある部屋へと向かった。
着替えを終え、3人が待つ居間のそばまで来ると、大きな杏寿郎さんの笑い声、控えめではあるものの嬉しそうな弟さんの声、それから僅かに呆れを孕みながらも、私には楽し気に聞こえるお父様の声が聞こえてきた。
…仲…良さそうでよかった
伺い知れる和やかな雰囲気に、私の口角は自然とあがってしまう。
私は、この家族3人が上手くいっていなかった頃の姿をよく知らない。杏寿郎さん本人や天元さんから話には聞いていたし、街で偶然会った弟さんの様子からなんとなく想像することは出来た。
母という太陽を失い、壊れかけた家族3人の関係が、杏寿郎さんの大怪我という出来事を経ていい風に変わったのであれば、不謹慎で杏寿郎さんに対してとても失礼だとは思うが、杏寿郎さんが一人で背負い込んでいた重い荷物を降ろし、3人でそれを分け合ういいきっかけになったのではないかとすら思える。
そう思うほどに、襖の向こうから感じる雰囲気はいいものだった。