第12章 束の間の安息と初めましてと二度目まして※
"覚えててくれたんだね"
そう口にしようと口を開きかけたその時
「千寿郎。邸の玄関口で何を騒いでいるんだ?」
「…っ!?!?」
完全に弟さんに気を取られてしまっていた私は、いつもよりも渋い声色を所持し、落ち着き払った雰囲気を纏う杏寿郎さんが近づいて来ていたことに、全く気が付かなかった。
もちろんその"いつもよりも渋い声色を所持し落ち着き払った雰囲気の杏寿郎さん"の正体も、誠に残念ながら考えるまでもなくわかっていた。
……嘘…でしょ…?誰か…誰でもいいから…嘘だと言って…!
心の中でそう願ったものの、目の前にいる杏寿郎さんの弟さん…千寿郎さんが
「父上!」
と言いながらそちらを振り返ったことで
……そうよね…そうだよね…
千寿郎さんの向こう側にいる"いつもよりも渋い声色を所持し落ち着き払った雰囲気の杏寿郎さん"の正体が、杏寿郎さんのお父様であることを証明していた(そもそも弟さんもお父様もここまでそっくりで親族でないと思うことの方が難しい)。
私はバクバクと物凄い音を立て騒ぐ心臓をなんとか鎮めようと
すぅ…はぁ…すぅ…はぁ…
深めの呼吸を二度繰り返した。そうしている間に、杏寿郎さんのお父様は、弟さんの身体にちょうど重なり見えていなかったと思われる私の存在に気がついたようで
「…あなたは…!」
驚いたように呟くと、その歩みを速めた。そして未だに草履を履いたままの私の前までやって来ると、そこで立ち止まった。
…いつまでも混乱してる場合じゃない…!きちんとお父様に挨拶しないと…!
そう思い至った私は、鳩尾のあたりで左手と右手を重ね
「初めまして。荒山鈴音と申します」
自らの名を名乗り、頭を深く下げた。すると
「初めまして。私は杏寿郎の父親…煉獄槇寿郎と申す者です」
私の後頭部あたりに向け、ひどく丁寧な挨拶が返ってきた。更に
「貴方にはうちの愚息が随分とお世話になっているようで…いつもありがとうございます」
と、思ってもみない言葉が投げかけられた。