第12章 束の間の安息と初めましてと二度目まして※
いつまでも現実逃避をしている場合ではない。
本当は今私の目の前にいるのが、若返った杏寿郎さんでないことなど初めからわかっていた。ただ、杏寿郎さんが若返ったように見える目の前の人物…杏寿郎さんの弟である千寿郎さんが、ここにいる理由が全く理解できず、正常に頭が回ってくれなかったのだ。
…聞いて…ない!杏寿郎さん…弟さんがここに来るなんて…今朝一言も言ってなかった…!
黙ったまま、ただ意味のない瞬きを繰り返していた私よりも先に我を取り戻したのは弟さんだった。
「……っ初めまして。煉獄千寿郎と申します。兄上から荒山さんのお話は伺っておりました」
慌てて頭を下げて来た弟さんに
「…っあ…えっと…荒山鈴音です。お兄様の杏寿郎さんには……日頃からとてもお世話になっています」
実は…初めましてじゃないんだよな…
内心そんな事を思いながら私も頭を下げた。数秒頭を下げ、そろそろいいかなと思い頭を上げると
パチッ
長めに頭を下げていたと思われる弟さんと、再び視線が合った。すると
「……あれ?」
弟さんは、私の顔がどこか見覚えがあることに気がついたのか、訝しげな表情を浮かべながら首を傾げた。
私はそんな様子に
「私の顔に、見覚えありますかね?実は、一度、杏寿郎さんのご実家の方…千寿郎さんのお家のそばで会った事があります」
と、言いながら右手を猫のそれに見立てるような形にし、ニコリと笑いかけた。
弟さんは私のその動作に
「…っ!そうです!そうですよ!どこかでお見かけしたことのあるお顔だと思ったら…あの時、僕を助けてくれた女性じゃないですか!」
私とあの出来事が結びついたのか、ひどく驚いた表情を浮かべそう言った。
あの時も、そしてつい先程まで年齢より大人びて見えていた弟さんの年相応の反応に、私の頬が自然と緩んでしまう。