第12章 束の間の安息と初めましてと二度目まして※
「どうかしたか?」
難しい顔をしながら黙り込んでしまった私を、杏寿郎さんが身を屈めのぞき込んできた。くだらない嫉妬心に心を乱されているのを悟られないよう
「…なんでもないですよ」
私はにっこりと笑みを浮かべながらそう答えた。けれども、杏寿郎さんにそんな私の下手糞な笑みが通じるはずもなく、僅かに細められた隻眼からジッと様子を探るような視線を送られてしまう。
私はその視線から逃げるように流し台まで移動すると、いそいそとお皿を洗い始めた。けれども
「…っ…!」
私を追いかけてきた杏寿郎さんが、私の身体を、流し台とその大きな身体の間に閉じ込めるようにぴたりと身を寄せてきた。
背中に当たるほどの至近距離で感じる杏寿郎さんのぬくもりと、逃がさないと言わんばかりに私の左右に置かれた手にドキドキと胸が騒ぎ始める。
「…っ…あの…洗い難いんですけど…」
「そうか。それはすまない。だが俺には、鈴音が何か言いたげに見えてな」
「…やっ…耳元で…しゃべらないで…!」
杏寿郎さんは私の顔の高さに合わせて膝を折っているのか、私の耳に、唇が触れてしまいそうになるほど顔を寄せてきた。
…耳…ぞわぞわする…!
蕎麦屋で情を交わしたときのあの感覚が蘇り、お皿を洗う手元がくるってしまいそうになる。
「…もう!…お皿…洗ってるんですから…邪魔しないで…!」
「邪魔などしていない。ただ俺は、君がまた俺に言いたいことを隠しているんじゃないかと心配しているだけだ」
「…っ…それだけなら…そんな…耳に近づかなくても…いいじゃないですか…!」
「万が一聞こえないと大変だと思ってな」
「そっちの耳はちゃんと聞こえますから…!」
「そうだったか?」
「そうです!…も…離れてください…!」
「鈴音が話してくれるというなら離れてあげよう」
「…っ…!」
…やだやだ…なんか…変な気分になってきちゃう…でも…杏寿郎さんの邸にいた隠の人に嫉妬したなんて…絶対言えるわけない…!
私は懸命に耳のぞわぞわに耐え、お皿を洗うことに意識を集中させようと試みた。