第12章 束の間の安息と初めましてと二度目まして※
”また後程”
先程杏寿郎さんはそう言っていたので、私はてっきり
”訓練が終わったらまた後で”
と言う意味あいでその言葉を解釈していたのだが、玄関を出たその先にいたのは初めて見る訓練用と思われる袴を身に纏っている杏寿郎さんの背中だった。
何を着ても格好いいなんて…神様は不公平だなぁ
なんて馬鹿なことを考えながら杏寿郎さんに近づき
「杏寿郎さんはどこを走るんです?」
昇り始めた朝日をジッと眺めている杏寿郎さんに声を掛けた。杏寿郎さんは私の方にクルリと振り返り
「鈴音の後について行ってみようと思う!」
「え?」
楽しそうな笑みを浮かべながらそう言った。
「っ本気ですか!?」
「うむ!」
「…屋根を走る時は最低限の音しか立ててはダメなんですよ?」
「まだ寝ている人も多いからな!」
「…そういう問題じゃないんですけど…」
「む?ならばどんな問題なんだ?」
杏寿郎さんの顔は冗談を言っているようには見えず(いやそもそも冗談を言うところなど一度も見たことがない)、本気で私と共に走る気でいることが窺い知れた。
「…いいえ。なんでもありません」
私は軽く飛び跳ねたり腕をブンブン振り回した後
「それでは行きます」
私の隣で同じように準備運動をしていた杏寿郎さんの顔を見上げた。すると
「うむ!」
杏寿郎さんはやる気満々の表情を浮かべ、力強い返事をしてくれた。
「…なんか物凄く悔しいんですけど」
「む?何がだ」
街を、山を駆け抜け、杏寿郎さんの邸まで2人そろって戻って来た。そう。二人そろって。
…さすが杏寿郎さん…順応するのがすごく速い
街の屋根も、森の中も、初めての道とは言えいい感じに走れた。そして杏寿郎さんを置いていくくらいの気持ちで走ったつもりだ。
最初はそれなりに杏寿郎さんとの距離を開くことが出来ていた。けれども杏寿郎さんの柱としての経験値と私の経験値は想像以上に大きかったようで、杏寿郎さんはあっという間に不慣れな動きにも慣れてしまったようだった。