第2章 脱兎の如く
「…良いねぇ。体格のいい男が苦手だって聞いた時は、一体どんな弱っちい奴が来るのかと心配してたが…そんなに弱くはなさそうだな」
その言葉に下げていた顔をあげ、音柱様の顔を見ると、ニヤリと普通の女性であればときめいてしまいそうな艶のある笑みを浮かべていた。
「いいだろう!荒山!お前をこの派手派手な俺様の弟子にしてやる!」
「…っ!ありがとうございます」
「だが一つ条件がある」
「…条件…ですか…?」
嫌な想像が頭に浮かんでくる。
俺の奴隷になれ。
妻たちの世話をしろ。
家事炊事全て完璧にこなせ。
その身体を俺に捧げろ。
そんな考えが頭を埋め尽くし、急にこの場から逃げ出したくなった。
…怖い…でも…だめ。逃げるわけには…いかない。そんな事をしたら…じいちゃんの顔に…泥を塗っちゃう。
スゥっと息を吸う音が聴こえ、音柱様の口から言葉が発せられることを察知した私は、無意識にぎゅっと痛みを感じるほど両手を握りしめていた。
そして私に告げられたのは
「その地味でだせぇ呼び方を今すぐやめろ。俺のことは…天元様と呼べ!!!」
そう言って、誇らしげにその端正な顔を自身の親指で指し示す音柱様に
「…へ!?!?!?」
私の口からは素っ頓狂な声が出た。
何も答えず、ただただ音柱様を呆然と見ている私に
「…おい。お前、…荒山、俺の話聞いてんのか?」
そう言いながら急激に私との距離を詰め、ズイッと無遠慮に私に顔を近づけてきた。
「…っわかりました!音柱様とお呼びするのはやめます!でも…流石に奥様達と同じ呼び方をするわけには行きません!…宇髄さん…もしくは天元さんでご勘弁を!そして大変申し訳ないのですが、お顔を…あまり近づけるのはおやめ下さい!苦手なんです!怖いんです!」
そう言いながら徐々に後ずさりをしていく私に、
「はぁ!?お前!この俺様の顔が怖えだと!?どんな目ん玉してやがる!すれ違う女どもが全員振り向くいい男!宇髄天元様だぞ!」
更に迫りくる宇髄天元様(まだどちらでお呼びするか決まっていないので、もうここは姓名ともに呼ばせて頂くしかない)に両手を前に突き出し、逃げるように後ずさりをすることしか出来ない。
…やっぱり…無理かも…っ!